第136回 「過剰な観光客数にテロの危険…… 観光地・ヴェネチアの苦悩」

投稿日: 2017年08月22日 17:00 JST

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8月某日 北イタリア・パドヴァ

 

「イタリアに暮らしています」と言うと、「どこの街ですか?」とよく聞かれます。「パドヴァです」と答えても、たぶんそのうちのほとんどの人は、この街がイタリアのどこに位置して、どんな街なのか、すぐには思い浮べることはできないようです。

 

そんな時、「ヴェネチアのそばの街です」と加えるとたいていの人からは「ああ、ヴェネチア! いいですねえ、いいところですねえ!」「素敵な街!」という反応が返ってきます。さすが年間2,000万人もの観光客を招致する世界屈指の超観光都市。ただ、このような説明をすると、私の暮らしている街はパドヴァではなくヴェネチアと記憶されてしまう場合も少なくないので、本心を言えばちょっと複雑でもあります。

 

そもそもアメリカからイタリアへ引っ越す事になった時、パドヴァを暮らしの場として決めたのは、最初に移住するつもりでいたヴェネチアの、あまりの観光地っぷりに心底から辟易したからなのでした。

 

当初、イタリアで新しい生活をするのなら、中途半端な小都市よりも触発の多い文化都市がいいし、不動産を持つのならヴェネチアのような人気観光都市のほうが将来的にも有利だろう、という発想からでした(イタリア人夫の実家での暮らしは最初から拒否)。

 

私と旦那は数ヵ月かけてこのヴェネチアで50軒を越す家を見てまわりましたが、最終的に納得できた物件はゼロ。理由は、物件の値段が破格に高かったということもありますが、まずは質がどうのというよりも、ヴェネチアという大観光地で、土地の人間でもない我々が、果たして日々落ち着いて暮らしていけるのか、という懐疑心を払拭できなくなってしまったからでした。

 

どの家も、玄関を出てすぐに視界に入ってくるのは、地図を持って歩く世界中からの観光客の流れ。黙って見ていると古い歴史のある文化都市が、テーマパークのように感じられてきます。この感覚は実はフィレンツェに暮らしていた時もありましたが、ヴェネチアはインパクトが更に強烈です。

 

窓の下の運河にはひっきりなしに観光客を乗せたゴンドラが往来していて、船頭が歌うロマンティックなカンツォーネもヘビーローテーションになってくると、趣を通り越して堪え難いものになり「うるさーい!!」と窓から身を乗り出して叫びたくなります。店も働く人々もどこか観光擦れし、本来の人格は完全に奥に隠れてしまっていて、この土地が本来持っていたはずの側面が全く見えてきません。というわけで、私たちはヴェネチアに暮らす事をきっぱりとあきらめたのでした。

 

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1月半ばなら、孤高でありながらも歴史の重みを背負った、真の姿をヴェネチアで見ることが出来る

実際に観光地に暮らすのは容易なことではありません。

 

たとえばこの7月、ヴェネチアの街で、観光客や客船の入港数の制限を訴える2,000人規模の住民による“反観光デモ”がありましたが、実はこれと同じ主旨のデモが昨年11月にも一度行われていました。このデモが国内外の報道で話題になったのは、ヴェネチア市民は現在のこの街の観光の有様に対して、本当にうんざりしているということが明るみになったからでもあります。

 

ヴェネチアの港には巨大ビルのような大型の客船が1日に何隻も入ってきますが、ここから押し寄せる何千、何万という数の旅客が、陸路や空路の観光客と入り交じると、ヴェネチアはまさに観光客に埋め尽くされる状態になります。そしてこれらの観光客の中には、運河に飛び込んで泳いだりするなど迷惑行為を平気でする人たちもいます。地元で普通の暮らしを営んでいる人にとっては、そんな観光客の身勝手な行動も、許し難いものになっていると言えるでしょう。また観光地の物価は高騰しますから、地元民にとっては、観光客の増加はまったく喜ばしい事でも何でもないのです。

 

そして、大勢の人間が集まる場所は今回のバルセロナや去年のフランスのニースでの大惨事のように、テロの標的にもなります。

 

ロンドンやパリなどの欧州における人口の多い首都に限らず、黙っていても世界中から大勢が集まる観光地はテロリストにとって理想的なソフトターゲットとなり得るのでしょう。実際に今年3月には、ヴェネチアでも最も人気のある観光名所・リアルト橋の爆破を企てていたイスラム過激派の男4人が逮捕されるという事件が起こったばかりでした。もし大勢の人々が往来するあの歴史ある橋が爆破されていたらと思うと、背筋が凍る思いです。

 

地元の人々が自分たちの安泰な暮らしを守るために、そして歴史と文化を守るために、観光客を拒絶したくなるという気持ちも、こうした辛辣な事情を踏まえると納得がいきます。

 

有名観光地を抱える国の観光協会にしてみれば、観光収入はなくてはならないものです。なるべくならできるだけ多くの人たちに旅に来てもらって、どんどんお金を使っていってもらいたいと内心では思っているわけですが、それに対して観光客数の抑制を訴えている人は「経済の活性化の為であれば、街としての誇りも何もかも捨ててしまっていいのか」と、これからもよりいっそう強い抗議を続けるに違いありません。

 

ちなみにヴェネチアを訪れるなら、私的には1月の半ばが一番です。寒くて湿気もありますから、長時間の外出は厳しい場合もありますが、観光客の数も圧倒的に少なく、冷たい霧につつまれた景色からは、1年の多くをアイドルのように、観光客にじろじろと見つめ続けられているヴェネチアの、孤高でありながらも歴史の重みを背負った、真の姿を感じることができるでしょう。そしていつもヴェネチアがそんな様子であれば、テロに狙われる可能性も低くなると思うのですが……。

 

観光地の抱える、穏やかではない問題。これは東京オリンピックに向けて観光客が年々激増する日本にとっても、決して無関係なことではないのです。

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ヤマザキマリ

1967年東京都出身。1984年からフィレンツェに11年間在住、油彩、美術史等を学ぶ。1997年に漫画家としてデビュー。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。シリア、アメリカ、ポルトガルを経て現在はイタリア・パドヴァ市在住。最新作は『スティーブ・ジョブズ』『プリニウス』等。平成27年度文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。

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