第138回 「ゲンコツや尻叩きがあったから痛感した、いろいろなこと」

投稿日: 2017年09月05日 17:00 JST

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9月某日 東京

 

先日テレビをつけたら、ワイドショーで日野皓正さんが、中学生とのジャズ演奏の共演の舞台上で、ドラムスを担当していた少年に手を挙げたというニュースが取り上げられていました。報道は日野さんの往復ビンタという行為のあり方に焦点が当てられていましたが、これに対する番組のコメンテンターの梅沢富美男さんも、お隣に座っていた読売新聞の解説委員の方のコメントも一概に日野さんを非難するというものではなく、むしろどちらかというと日野さんの心情にも理解を示す雰囲気に感じられました。そして、解説委員の方が「とにかくこんなご時世ですからね、慎重にならないといけませんね」と“こんなご時世”という言葉を何度か繰り返していたのが印象的でもありました。

 

一昔前であれば、大人が教育の一手段として子供にビンタしたりゲンコツをしたりするのは当たり前という風潮だったと思うのですが、それがすっかりタブーになってしまった“こんなご時世” は、いったいいつから始まり、そして今はどれだけ日本の教育環境に浸透しているのでしょう。

 

何せ私は悪事が発覚すれば当たり前に大人のゲンコツが飛んでくるものと思っていた世代、環境に育ち、その後10代半ばで海外に暮らすようになってしまったので、その転換期がいまひとつ把握できていないところがあります。

 

私が日本を出たのは1984年で高校2年生の時でしたが、あの頃の日本では校内暴力が深刻化しており、問題を抱えた生徒たちの素行や佇まいが今よりずっと解り易くて派手で、そんな教育環境におかれた熱血教師モノのテレビドラマも高い人気もありました。

 

北海道に暮らしていた頃、通っていた共学の公立中学校でも、自分たちと同じ世代とは思えない大人びた雰囲気のツッパリ生徒が我がもの顔で校内を横行していたものでした。長い学ランにリーゼント、安物のコロンの匂いを全身にまとって、かかとを潰して履いている運動靴をだらしなく引きずるように廊下を歩いていた男子ツッパリ生徒たち。カーリーヘアーでくるぶしまでの長いスカートに、妙に色気のある女子ツッパリ生徒たち。そして、そんなツッパリたちを指導する任務にあたっていた教師も、相当な威圧感を放っていました。

 

かつて通っていた中学校の生活指導担当教諭だったM先生は、年齢も若くなければ体も小さく、いつも手にしていた細くて長い竹の竿を肩に掛けてとんとんリズムを取りながら、野良犬のような表情で学校の中を彷徨っていました。M先生が前を通り過ぎると、ほんのりとアルコール臭があたりに漂い、それも含めて学生たちには全く人望も人気もない教師だったと記憶しています。

 

M先生は視界に入った柄の悪いツッパリを片っ端から呼び止めると、学ランの丈やリーゼント頭を指摘し、学生の態度次第では手にしていた竿で相手の頭をビシッと叩くこともありました。ヒステリックな怒鳴り声も、たまにろれつが回らなくて何を言っているのかよく聴き取れません。そんな自分が学生たちから(恐らく同僚からも)嫌われていることを自覚しているようなM先生の自暴自棄な行動は、無謀を通り越してどこか痛々しく哀れでもあり、生徒たちは歯向かったり反発したりもせずに諦めて、されるがままになっていました。M先生のような教師が存在していたことで、我々学生たちは大人の社会環境は決して容易なものではなく、それなりの厳しさや過酷さがあるということを、無意識のうちに学んでいたとも言えるでしょう。

 

私も当時、自分のクラスの担当だったN先生という穏やかで温厚な数学の先生から、仲間数名ともども強烈なゲンコツを喰らったことがあります。文化祭の準備のために、放課後仲間と残って壁新聞を作っていた時、どうしてもお腹が空いて耐えられなくなった私たちは、近所のお菓子屋まで行ってシュークリームを購入して学校に戻り、それをむしゃむしゃ食べながら作業をしていました。

 

と、そこにN先生が入ってきて、口の中をシュークリームでいっぱいにしている我々を怒鳴り散らし、一列に並ばされてゲンコツの罰を受けたのです。「でも、こんなにお腹が空いているのに集中して作業なんてできません!」と反発すると「先生たちだって腹くらい空いているのを我慢しているんだぞ。シュークリームが食べたいのはお前たちだけじゃない!」という返答が瞬時に戻ってきました。教室に充満している甘ったるいシュークリームの匂いを吸い込みながら、私はお腹の空いているN先生に対して、本当に申し訳ない気持ちで閉口してしまったのを覚えています。

 

小学生時代もよく校則を破っては担任だった年輩女性の先生にゲンコツをされたものですが、ゲンコツごときでその先生を怨んだり憎しんだりなんてことは一抹もありませんでしたし、むしろ先生のことは大好きでした。軽いゲンコツのようなちょっとした体罰など、正直全く気にも止めていなかったように思いますし、逆に「先生に申し訳ないな」とすら思っていました。時には言葉ではなく、ゲンコツを通じてでなければ、自覚できない自分の欠点というものもあったと思うのです。

 

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本気で怒った母を見て、自分を心配しているのだと自覚した

知性がありながらも、抑制という能力を無視した不条理な暴力は私も大反対です。言葉や話し合いでも十分解決できることを一方的な暴力で解決させるというのは、絶対にあってはならないことだとも思います。

 

ですが、なんでも言葉で解決できるのかというと、世界情勢の有様をみていてもそうはいかないのが人間という生き物です。

 

時には、言葉や無視、嫌がらせといった態度のほうが、体を張った喧嘩の何十倍も凶暴性を孕んでいたりする場合もあります。実際ゲンコツもビンタも禁止された教育環境で、昔に比べて子供たちの態度が変わったのか、道徳観に画期的な変化が生じたのかというと、そうとも言いきれないような気もします。ビンタやゲンコツには他の無謀な暴力とは一線を画した、それなりのクオリティというものがあるように思うのです。

 

日野さんを怒らせたドラムス少年も、彼のお父さんも穏便に日野さんと和解をしたようですが、ジャズセッションという音楽のルールを守るべきステージで、ソロパートを他の生徒に譲れなくなってしまった彼の傲慢を、しっかりと正面から怒る事ができた人は、家族でもない、親戚でもない、ジャズ音楽の師匠である日野さんだけです。あそこで笑ってごまかしたり、言葉でゆるく「おい、いい加減にしろよな」などと注意することもアリだったかもしれません。ステージという観客のいる環境を慮って、むしろそうしてもらいたかったと思う人も多いでしょう。でも、日野さんのように音楽業界における酸いも甘いも全ての経験を積んできたベテランには、そんな生温い対応では納得がいかなかったのかもしれません。

 

そういえば、映画や漫画の表現でも、かつては言葉で言っても判らない相手に「このわからずや!」とビンタを張った瞬間、相手が自分の怒りの深さや悲しみにやっと覚醒する、というシーンが沢山用いられていました。私も昔、自転車で遠くまで行き過ぎて帰宅が夜遅くになってしまい、本気で母を怒らせたときに思い切りお尻を叩かれ、母の涙ぐんだ目を見て、私が思っている以上に彼女が自分を心配しているのだということを自覚したことがあります。そして、あの尻たたきを暴力だったと感じた事は今のいままで一度もありません。

 

実は『怒り』は真剣で真摯なものになればなるほど膨大なエネルギーが必要になります。時には怒られる人よりも、怒りを表現する側の人のほうが精神的エネルギーを消耗し、落ち込んでしまう場合もあるはずです。

 

ジャイアンのような子供も姿を消してしまった“このご時世”、世代交替によって学校やこうした公の場でのゲンコツ・ビンタが完全に消滅してしまう日もそう遠くはないでしょう。それを踏まえると、今回のこの一件は、特に昭和の時代を過ごしてきた世代にとって様々な思い出や感慨を反芻する出来事だったようにも思えるのです。

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ヤマザキマリ

1967年東京都出身。1984年からフィレンツェに11年間在住、油彩、美術史等を学ぶ。1997年に漫画家としてデビュー。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。シリア、アメリカ、ポルトガルを経て現在はイタリア・パドヴァ市在住。最新作は『スティーブ・ジョブズ』『プリニウス』等。平成27年度文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。

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