第146回 「『辛さも悲しみも、人生を謳歌する素材』棟方志功に学ぶ人生」

投稿日: 2017年11月07日 17:00 JST

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11月某日 青森

 

先月半ばに日本に戻って来てからというもの、移動ばかりの慌ただしい毎日が続いておりますが、先週は3日間ほど青森市に行っておりました。来年の2月に北海道の道立近代美術館で予定されている、版画家棟方志功展のテレビ番宣用の取材だったのですが、棟方志功について私があれこれテレビで語るのはこれで2回目です。

 

前回はNHKの日曜美術館という番組の枠で、3人のナビゲーターがそれぞれ日本を代表する芸術家たちゆかりの地を訪れるという主旨のものでした。私は棟方志功の軌跡を辿って青森を旅するわけですが、番組はまず、竜飛岬という津軽半島最北端の地で、暴風が吹き荒れる中、そこに建てられている歌碑『津軽海峡冬景色』から流れるこの名曲を、私も一緒に大声で歌っている場面から始まります。

 

まさか日曜美術館という番組の撮影で、いきなり津軽海峡を見下ろしながら「♪上野発の夜行列車おりたときからあ~」と歌うことになるとは思ってもいませんでしたが、ディレクター的にはどうしても欲しい場面だったらしく、私もエアマイクを持って熱唱しました。しかし、衝撃のシーンはそれだけでは終わりませんでした。なんと番組の最後は八甲田山の麓にある名湯酸ヶ湯温泉の千人風呂という巨大混浴風呂で、素っ裸のおっさんたちと一緒に温泉に浸かっている私の絵図で締めくくられたのです。

 

混浴とはいえ、その時はなぜか男性しか入浴客がいなかった為に、その様子は誰がどう見ても“男湯に堂々と浸かるヤマザキマリ”にしか見えず、画面下にエンディングのエンドロールが流れる中、爺さんの裸の尻が堂々と通過し、その向こうに目を閉じて温泉を満喫する私が見える、という衝撃的な様子が画面に映し出されました。

 

酸ヶ湯温泉は棟方志功が湯治としてよく訪れていた温泉でもあり、私もその有り難いお湯に浸かっている入浴シーンを撮られることは、過去に温泉リポーターもやっていた手前、何のためらいもなかったのですが、どこか格調の高いイメージのあるこの番組としては、正直、前代未聞の演出になったのではないかと思われます。

 

しかし、棟方志功という芸術家というよりは職人然とした版画家の人となりや、あの豪快な作品を思えば、品格を意識した高尚な内容で構成されるものより、確かに私のようなへんな女が暴風にあおられながらボサボサの頭で津軽海峡冬景色を歌ったり、おっさんたちとお湯に浸かっているという突飛もないシーンを取り混ぜながらのほうが、この彼のボーダーレスなイメージには合っていたと言えるかもしれません。

 

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体裁を気にしたり格好を付けない人こそ、実は一番カッコいい

ご存知のない方もいると思いますからざっとご説明しますと、棟方志功は今から100年以上前に青森市の鍛冶屋に15人兄弟の3人目として生まれ、72年の人生において膨大な量の油絵や版画を残し、ヴェネチア・ビエンナーレなど世界の名だたるコンペティションでも数々の賞を受賞した芸術家です。

 

青森は豪雪地帯であり、当時人々は家の中で囲炉裏を囲んで暖をとっていましたが、志巧はこの囲炉裏の煤が原因で眼を病んで極度の近視になってしまいます。にもかかわらず、雑誌に掲載されていたゴッホの作品である『ひまわり』に魅了され、「わだばゴッホになる!」(ゴッホというのは人の名前ではなく、絵描きという意味だと思っていたらしい)と宣言し、近視というハンデ、貧困、そして数々の挫折を乗り越えながら表現者としての人生を突き進んでいきます。

 

ぐるぐる眼鏡にモサモサの髪。顔を板にくっつけるようにして作業する特異なスタイル。体裁を全く気にしないかのようなその佇まいといい、天真爛漫で豪快な動作といい、津軽弁丸出しの独特な喋り方も含めて、この人のいるところでは辺りがパッと明るくなったそうですが、取材を重ねる度に実は棟方志功という人は本当はとても繊細で、表にこそ出さなくても悲しみも辛さも人一倍背負っていたのではないかということが判ってきました。

 

子供の頃、田んぼに不時着した飛行機を見に行こうと走っている最中に小川で転び、水浸しになります。その時ふと上げた顔の前に沢瀉(おもだか)の花が咲いているのを見て「なんてきれいなんだろう! この美しさを皆に伝えたい!」と思ったのが絵を描き始めるきっかけだったそうですが、ショッキングな事が起きても、条件反射で前向きな意識を起動させてそれまでの辛さを忘れる、というのは棟方志功の基本的な人格構造だったようです。

 

師匠を持たなかったことや、視力が極度に悪かったことで、学校の授業で教わるような基礎的なデッサン力もなかった棟方志功ですが、逆にそのおかげで何のルールにも縛られることのない、保守的な絵画の法則論も超越した作品を生み出すことができたというのは、とても感慨深いことです。

 

挫折や失敗を沢山繰り返してきたからこそ、深く奥行きのある感性と強靭な忍耐力を身につけ、それを表現に大いに活かせたこういう人の存在は、勇気を与えてくれます。

 

学歴が尋常小学校止まりということも、立派な画学校で勉強もしていないことも、デッサンも上手く描けない事も、目が見えないことも、この人にとっては実は大したコンプレックスではなかったに違いありません。そんな思惑に囚われている時間があれば、絵を描いたり版画を掘っていたいと思っていたはずです。

 

体裁を気にしたり格好を付けない人こそ、実は一番カッコいいというのは、棟方志功という人を見ているとしみじみ痛感されることでもあります。

 

今回は棟方志功が徒歩で12キロの道のりを青森市から通っていたという、もう一つの湯治場、浅虫温泉の椿館を訪れましたが、夜中に誰一人いない湯船の温泉に浸かっているうちに、「私も棟方さんのように、周りなど気にせず大らかにわが道を進む変人であろう」という気持ちが募ってきました。表現というスキルを与えられ、余計なことは考えず、ひたすら溢れ出る思いを黙々と作品に変えていく。嬉しくても辛くても悲しくても、すべては彼にとって与えられた人生を謳歌するための素材だったのでしょう。

 

見ていると、まるで中から音楽や空気の躍動感が感じられるような棟方作品。人の目にとらわれないで自由に生きることの開放感と素晴らしさを、2月の展覧会では多くの人に感じていただけたらと思います。

 

 

「棟方志功展」

詳細:http://www.stv.jp/event/munakata/index.html

この展覧会の音声ガイドは私が担当しております。私による棟方志功グッズも色々販売される予定です。

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ヤマザキマリ

1967年東京都出身。1984年からフィレンツェに11年間在住、油彩、美術史等を学ぶ。1997年に漫画家としてデビュー。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。シリア、アメリカ、ポルトガルを経て現在はイタリア・パドヴァ市在住。最新作は『スティーブ・ジョブズ』『プリニウス』等。平成27年度文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。

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