君塚良一 「伝えればそこから変えられる何かが」未曾有の震災を描いたルポが映画化

投稿日: 2013年02月20日 00:00 JST

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東日本大震災から3月で2年を迎えようとしている今、11年に発表され話題となったルポルタージュ『遺体―震災と津波の果てに』(石井光太著・新潮社)を原作とした映画が公開される。監督を務めたのは『踊る大捜査線』シリーズの脚本家、君塚良一氏だ。

きみづか・りょういち★

日本大学芸術学部卒業後、萩本欽一に師事。番組構成・ドラマの脚本家として活躍。これまで脚本を手がけた作品は『ずっとあなたが好 きだった』(TBS系)『踊る大捜査線』シリーズ(フジテレビ系)など。監督兼脚本作品として、映画『誰も守ってくれない』(08年)などがある。

映画『遺体 明日への十日間』

監督・脚本/君塚良一
2月23日(土)~、全国公開
(C) 2013フジテレビジョン
(オフィシャルサイト)http://www.reunion-movie.jp/

――原作は、石井光太さんの『遺体―震災と津波の果てに』ですが、このルポルタージュを映画化しようと思われたきっかけをお聞かせください。
「震災が起きたとき、僕は東京で仕事をしていて。知り合いや親戚に被災した人がいなかったので、テレビで見ていても、あまりリアリティを感じませんでした。それはアメリカの『9・11』のときもそうでした。でも、今回は同じ国の、あまり遠くないところで起きていることですから、次第に2つのことを思うようになってきたんです。ひとつは、何もしていない自分に対してのうしろめたさ。もうひとつは、僕は毎日、暖かい部屋でシナリオを書いて、夜はお酒を飲んでいる。でも、同時期に同じ日本に、苦しんでいる方たちがいる。その不平等感です。そんな気持ちのとき、石井さんの原作を人から勧められて読んで、すごく驚いた。いま、この国の中に、凄惨な経験をしている人がいる。何度も何度も原作を読んで、何が僕にできるだろうと考えました。そして、僕は脚本家であり、映画監督なんだから、『伝える』っていうことはできるのでは、と思うようになって。石井さんの本にあった事実を、映像という僕の武器を使って伝える、これが僕のすべきことだと。それですぐにプロデューサーに連絡をして、撮影に入ったんです」

――原作のどういう部分に、触発というか感銘を受けられたんでしょうか。
image「原作には、自衛隊や消防の話など、もっと広く取材して当時の様子が書かれています。その中で、僕はボランティアの千葉さんという男性の姿に感動して。混乱している遺体安置所で、とにかくご遺体をきれいにして家族の元に返してあげようと、苦しみながら奮闘する無償の行為を続けた人です。そこで、この人に焦点をあてて描いていこうと思いました」

――脚本家である君塚さんが、あえてフィクションではなく、ノンフィクションを原作に映画を撮ろうと思われた理由は何でしょうか?
「僕の中で、この作品は特別な映画という気持ちがかなりあって。震災をモチーフに違うものを作るより、あの日、何が起きたかをありのまま描くほうが、『伝える』ための最良の方法だと思ったからです。『伝える』映画にしたい。だから、『もっと迫力を』とか、そういう演出はいっさいしていないです。ただ『伝える』ためにはいろいろな方法論があります。そこで、プロデューサーたちともたくさん話し合い、『日本を代表する役者さんに演じてもらおう、それが我々、映画人がやるべきことだろう』という結論になりました」

――おっしゃるとおり、出演者の方々が豪華です。
「僕は、映画を作って映画を見せる、ということが自分のすべきこととわかったし、ミュージシャンの方はギター1本で被災地へ行ったりもしていた。俳優さんたちも俳優さんたちで、『何かできるだろうか?』という想いがあったと思うんです。出演をお願いする際に、僕の思いを話して『もし賛同していただけるなら参加していただきたい』と言いました。優れた俳優陣ということは、作品の意味を理解して、作品のトーンに合わせた演技をしてくれる方たちです。そういう方たちが僕には必要でした」

――千葉さんという重要な男性の役を、西田敏行さんが演じました。
「西田さんはセットに入ったときから、腰がくだけるように崩れ落ち、泣いてしまいました。本当に、2年前に現地にいたような気持ちで、ストレートに、率直に演技をしてくださったと思います。個人的にも、いろいろな思いがあったと思います」

――現地で取材をされたそうですが、原作では知りえない発見はありましたか?
「僕は取材に行ったというより、ご遺族や関係者の方とずっと話をして、この映画を作ることに関しての感想だけを聞いていました。ご遺族の方が『映画化をやめてください』とおっしゃるようでしたら、やめようと思っていたんです。でも、そのような意見はなくて。『これからも同じ町で、悲しみを抱えて生きていくけれど、そのうえで事実を伝えてほしい。そして、忘れないでほしい。今後、どこかでまた災害が起きるかもしれない。危機感を強く持って、日本のほかの人たちに見てほしい』というような意見を、かなり多くの方から聞きました。取材するというより、みなさんの気持ちをずっと聞いていた感じですね」

――公開を前に、舞台となった釜石市で先行上映会があったそうですね。どのような感想がありましたか?
「『作ってくれてありがとう』という声が多かったです。『現実から目をそむけていたけど、映画を見ることで向き合おうと思った』とか。とても、心強いお話が聞けました。映像化することで、思い出したくないことを思い出させてしまうのかなとも思いました。批判されても受け止めて、責任を持って作る。それは公開後も何十年後も抱えていかなくてはいけないと思っています。」

――モントリオール世界映画祭でも上映されましたが、どのような意見がありましたか。
image「あるジャーナリストは、西田さん演じた千葉さんが『とても詩人である』と話していました。『ゆえに、あの体育館が調和された』と。彼が言うには、遺体に語りかけるのは、詩人がする作業なんだそうです。僕にとって興味深い感想でした」

――キャストやスタッフさんも、想像を超える現実に打ちのめされたのではないでしょうか。
「いちばんたいへんなのは美術さんでしたね。安置所になった体育館を再現するにあたって、泣きながら作業をしていましたよ。みんな、つらかったと思います。キャストのみなさんも役と向き合って、芝居じゃないところまでどんどん行ってしまった。これが現実に起きていたできごとだと思うと、どうしてもさまざまなことを考えてしまうわけで。それをお願いした僕も、背負っていかないといけませんよね」

――今後も、震災に関する作品を製作する予定はありますか?
「この作品は、僕にとって特別な映画で。つまり『作った』というよりも、被災地や被災者の方々と『関わった』という認識なんです。少なくとも僕、個人は、生涯、この作品を背負う覚悟で作りました。じゃないと、全部が嘘になってしまう気がするんです。今後、震災に関する作品を作るのかは自分でもわからないけれども、現段階で、次の作品には何も手をつけていません」

――震災から2年が経ちます。作品を通じて当時の事実を「伝える」こと、イコール、それは、どういうことを伝えたかったのでしょうか。
「悲しみやつらさを抱えて、ずっと生き続けていく人が、同じ日本人の中にいる。それを僕が、多くの人に『伝える』ことによって、不平等感を変えられると思った。思うってことですよね。その人の境遇を自分に置き換え、ご遺族や犠牲者に思いを馳せる。作業の途中で、自分ひとりで抱えきれないというものがいくつもありましたけど、そのことは同時に、最後まで撮影をして、映画を完成させる原動力になりました」

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