第40回 仏教の革新性

投稿日: 2015年06月02日 00:00 JST

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お経を聴くのは葬式の時くらい。それも意味が分からないし、お坊さん独特のリズムで読まれるので、聴いているうちにだんだんと眠くなる……。そんな人は多いだろう。 
それじゃ、あまりにもったいなさすぎる!
仏教のエッセンスが詰まったお経は、意味が分かってこそ、ありがたい。世界観が十二分に味わえる。この連載は、そんな豊かなお経の世界に、あなたをいざなうものである。
これを読めば、お葬式も退屈じゃなくなる!?

著者:島田 裕巳(シマダ ヒロミ)
1953年東京都生まれ。宗教学者、作家。東京大学文学部宗教学科卒業。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。現在は東京女子大学非常勤講師。著書は、『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』『葬式は、要らない』(以上、幻冬舎新書)、『0葬』(集英社)、『比叡山延暦寺はなぜ6大宗派の開祖を生んだのか』『神道はなぜ教えがないのか』(以上、ベスト新書)、など多数。

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●理趣経の“性的な部分”は日本に持ち込まれなかった

密教のうち、後期密教と言われるものは、日本には伝わらなかったものの、チベットには伝わり、それはチベット仏教の大きな特徴になっていった。

 

チベットでは、「歓喜仏」と呼ばれる仏画や仏像が数多く製作された。それは、女神が男神に抱きつき、性交を行っている場面を描いたもので、性的なエクスタシーこそが悟りの境地であるとする後期密教の思想が体現されている。

 

古代の日本人が、もしこうした歓喜仏にふれたとしたら、いったいどういうことを思っただろうか。果たして密教に関心をもっただろうか。それとも、あまりの大胆さに、強い抵抗感を抱いただろうか。残念ながら、それは分からない。

 

しかし、『理趣経』を読めば、そうした仏画や仏像が製作されても何の不思議もないと思えてくる。

ただ、空海が『理趣経』を日本にもたらしたものの、歓喜仏の姿を描いたようなものを持ち込まなかったことは、あるいは、日本の真言密教をチベット密教に近いものにはしなかった一つの原因かもしれない。

 

鎌倉時代に、この『理趣経』をもとに独自な教えを築き上げていった「立川流」では、男女が性交を行うことで大日如来と一体化することを説いたとされる。ただし、立川流については、はっきりとした資料が残されておらず、どのようなものであったのか、必ずしもその実態は分かっていない。

なお、真言宗の葬儀では、この『理趣経』が読まれるようだが、さすがに男女の愛欲を大胆に肯定した部分は使われないようだ。

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●仏教は「穢れ」を避けない

もう一つ、『理趣経』のなかで重要とされるのが、本文最後の第17段の箇所である。

そこでは、現実の世界が、そのまま仏教の理想とする「真実の悟りの知恵(般若波羅蜜多)の世界に転換することが説かれており、それは「深秘の法門」と呼ばれている。

 

仏教の特に顕教においては、衆生の迷いの世界と仏の悟りの世界は対立するものとしてとらえられ、さまざまな修行を実践して、迷いの世界から悟りの世界へ向かうことが重視されている。

 

ところが、深秘の法門の教えは、迷いの世界がそのまま悟りの世界に通じると説くものである、それは第1段に説かれたところとも共通する。

 

そして、この第17段の最後の結びとして書かれた偈文が「百字の偈」と呼ばれるものである。偈文、あるいは偈とは詩のようなものであり、「百字の偈」は『理趣経』全体の思想を要約したものと考えられている。

 

それは次のような内容になっている。

 

「永遠の求道者にして、すぐれた智慧ある者は、迷いの世界がなくならない限りそこにあって、絶えず人びとのためにはたらいて、しかも静まれるさとりの世界におもむことがない。

さとりの真実の智慧〔般若〕にもとずく人びとの救済の手だて〔方便〕と、さとりの智慧の完成〔智度〕とをもって残らず不可思議な力を加えて、あらゆる存在するところのもの、およびものもろの生きとし生けるものの現実存在を、すべて皆清らかならしめる」

 

長いので、この後の部分は省略することにするが、ここでもすべてのものが清らかであることが強調され、第1段とも共通する考え方が示されている。

 

もちろん、性的な欲望や快楽を全面的に肯定する『理趣経』は、さまざまなお経のなかでも特異なものだと言うことができる。そして、立川流のような異端の宗派を生んだわけだから、かなり危険なものを含み込んでいるとも言える。

 

しかし、そこにこそ仏教の特徴が示されていると見ることもできる。

 

たとえば、日本では、仏教が伝えられる以前から、神道の教えが生み出され、それは歴史を超えて今日にまで伝えられている。

その神道においては、「穢れ」ということが重視されている。当然にも、穢れは避けなければならないものとされているわけである。穢れの代表が、死の穢れであり、血の穢れである。

 

実はこうした傾向は、神道にだけ見られるものではなく、他の宗教においても穢れを避けることが重視されている。

 

たとえば、イスラム教においては、神のことばを記した『コーラン』とともに、預言者ムハンマドの言行録である『ハディース』が重視され、この二つが「シャリーア」と呼ばれるイスラム法を形作っている。

その『ハディース』において、多く述べられているのは、ムハンマドが礼拝を行う際に、いかに穢れを避けたかという話である。

実際、イスラム教の礼拝所であるモスクには水場が用意されていて、信者たちは礼拝を行う前にそこでからだを清める。その点で、神道とイスラム教は共通した性格をもっているわけである。

 

ところが、仏教は、穢れというものを避けようとはしない。一番それがはっきりと現れているのが、仏教が葬儀を担ってきた点にある。死の穢れという観念がないために、仏教は、死者を葬るための儀礼を営むことができるのである。

そうした仏教のあり方は、『理趣経』に説かれたところと共通する。仏教は、この世に存在するあらゆるものを穢れなどとして避けようとはせず、それを清らかなものとして扱うのである。

 

あるいはそこにこそ、仏教の革新性が示されているのかもしれない。

 

(およそ1年にわたって連載してきました「お経はホントにありがたいのか?」は今回で終了になります。ご愛読いただきありがとうございました)

 

<<性的な欲望を肯定する「理趣経」

 

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