黒玉2 連載小説「巳午」

投稿日: 2016年01月05日 17:00 JST

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<この物語は、ある霊能力者をモチーフにして描かれたフィクションである。>

黒玉を手に入れて以来、明美は、石が見せるヴィジョンの意味を探ることに夢中になった。

「で、おまえはこの石がなんだと思うんだ?」

明美の手から石をつまみ上げた父が、天井に造り付けた蛍光灯にかざしている。

「…よくわからないのよね。でも、どうやらこの石には表と裏があるのよ。どっちが表でどっちが裏かって聞かれると困るけれど、表と裏では見えるヴィジョンが正反対なのよね」

確かに石の表面をよく見ると、片面にのみ径も深さも1ミリにも満たない小さなピットが穿たれている。おそらくは、このピットによって表と裏を区別したのだろう。

「うん、確かに一方にだけ…あるな。…で、どう違うんだ?」

「信じてもらえないかもしれないけれど、片方が伊勢神宮だとしたら、もう一方が出雲大社みたいな感じ…って言うか、そのどちらよりも強いバイブレーションを感じるのよ」

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父が行ったかどうかはわからないが、伊勢神宮にも出雲大社にも、明美は何度も足を運んでいる。どちらかといえば、参拝客が列を成す伊勢神宮よりも出雲大社の厳かさが明美は好きだった。

「ふ~ん。…だろうな」

「だろうなってなによ。なにか知ってるの?」

「うん? …で、その神宮と大社の違いを、明美はどんな風に感じるのか言ってみなさい」

久しぶりの親子の会話は、すでに当たり前のそれではなく、まるで教師と教え子のようになっている。

「パパ、笑わないで聞いてよ。…私が伊勢神宮って思っている方から見えるヴィジョンは誕生なの。嬰児が取り上げられる瞬間の映像を見せられるのよ。そして、もう一方の出雲大社からは葬送のヴィジョン。たくさんの男の人が棺を肩に粛々と歩いていく様子が見えてくるのよね」

「男たちの姿は見えるのか?」

「…うん…。…白い、ざっくりとしたステテコみたいな袴をはいて、髪は耳の横で束ねてる。…で、周りには逆さまにした稲穂みたいなのが下がってるの…わかる?」

「…古墳以前だな…当時の葬儀は稲穂を逆さまに吊ったはずだ…」

「えっそうなの! 知らなかった。じゃあ、この石ってその時代のもの?」

「わからん。…ただ、おまえの言っているヴィジョンとかがいい加減な思い付きじゃないことはわかった…」

「失礼ね。教えて。どういうことなの?」

「わかるわけないだろう。第一、この石がどこから出たのかもわからんのじゃな…」

由来こそ定かでないが、石を手に入れて以来、確かに明美のリーディングは深度を増していた。この黒い石を介することで、明美の言うリーディング能力が、正に読んで字の如くリーディング…石(であれ、何であれ)の記憶を読む能力だということが健作にも素直に理解できるようになっていた。

上京の動機

高校を卒業し、親しい友人が地元の大学に進学するなか、特にこれといった志望動機もないまま明美が東京の大学に進学したのには、他人には言えない哀しい動機が秘められていた。それは、明美自身に流れる妖しの血が呪わしかったからだ。

物心つく頃には、すでにその姿を目にし耳にしていた声。闇を這いずり、少女にすり寄り、遠く近く囁く気配。そんな闇に潜む何者かに脅える少女に、知らない言葉で呪文を授ける祖母の…怖さ。いつともなく自分が特別な存在で、生まれながらにして誰にも言えない秘密を持っているという事実を、娘時代の明美は友人にも隠し通した。それでもクラスメイトは、いつしか明美をある種特別な者として扱うようになり、大人たちは好奇の目を向けてきた。そんな忌まわしい血脈との決別。それが、明美を上京させる最大の動機だった。

都内の女子大を卒業すると、明美は好きなデザインの道を志して青山にオフィスを構える小さなデザイン会社に就職した。

松山とは似ても似つかない、24時間眠ることのない大都会での暮らしは、マイペースでいる限り忌まわしい過去を忘れさせてくれた。特にアルコールが好きなわけでもなく、ましてや人との交わりを極端に意識してしまう明美にとって、見ず知らずの人たちとする飲み会などもっての外だが、それでもまだ入学間もない頃は、断り切れずに何度か飲みに行ったことがある。

それは明美が大学生になって間も無い頃…。

産まれて初めて歌舞伎町へ繰り出した夜。待ち合わせた東口交番から新宿通りをアルタ前で横切り、パイナップル売りの店を見ながら靖国通りを渡ろうとした途端、明美は目の前に広がるさんざめきに紛れて蠢く悪意に足がすくみその場に座り込んでしまった。

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その後も渋谷・六本木と何度か連れ出されたが、あの夜の歌舞伎町ほどでは無かったが、その都度激しい眩暈や吐き気に苛まれ、いつしか誰も明美を誘わなくなっていた。

それでも、行けば必ず嫌な思いをする夜の街も、体質的にアルコールが合わないという理由で回避できたし、活気に満ちた大都会は、一人で過ごすのには何の不満も不安も感じなかった。なにより、レディースマンションと呼ばれる独身女性向けに開発された小奇麗なマンションでは、幼い頃に明美を悩ませた陽炎らしき気配を感じることなく過ごせた。

入社して間もなく開かれた歓迎会でも、何も知らない先輩たちは、雑居ビルの階段を酔っても無いのによろけるように歩く明美を怪訝な顔で見つめた。悲しいかな明美には、そんなビルのそこかしこに居座る、コノ世のモノともアノ世のモノともつかない陽炎が見えてしまうのだ。見えなければ平気なのだろうが、見えれば思わず避けてしまう。ただそれだけのことだった。

学生時代の友人たちこそ、そんな明美を「少し変わってるコ」ということで最大限の理解を示してくれたが、新入社員として迎えてくれた先輩たちはまだ何も知らない。それでも、何かと呑み込みが早く仲間同士の愚痴や相談に対してするちょっとしたアドバイスのクオリティの高さに、いつしか明美は「勘の良い子」「察しの良い新人」以上の含みを持って一目置かれる存在となっていた。

学生の頃からほとんど飲みにも行かず、流行り始めた合コンに参加する事もなく過ごした明美は、22歳になってもカレシもできず仕舞いだったが、それにはもう一つ重大な理由があった。明美には、知りたくも無い他人の思いが聞こえてしまうのだ。

決して人が嫌いなわけではない。ましてや、心無いクラスメイトが揶揄したような高慢な女でもなければ傲慢なわけでもない。ただ、ふとした瞬間に相手が考えていることが聞こえたり見えたりしてしまう。それが、明美が抱える最大の不幸だった。

見せつけられた本性

思い返せば、小学校から高校まで「男嫌い~人嫌い」で通っていた。

授業中は眠ったように黙っていたし、休み時間にクラスメイトと遊んだ記憶もほとんど無い。そうして明美は、極力他人と関わらないようにして生きてきた。

誰かが「人の気持ちがわかれば良い」と口にするのを聞くたびに、明美は深い沼に沈み込む。そんな風に、他人が羨む能力を授かってしまった明美にとって、それは決して魅力的な力ではなかった。

いかにもインテリ然とした女教師がヒステリックに泡を飛ばす姿に、彼女が昨夜繰り広げた凄まじい夫婦喧嘩を垣間見たり、果ては夫婦の秘め事までもが見えてしまう。猫なで声で諭す男性教師の本音が、手が肩に触れた瞬間に聞こえてしまう。

多感な少女にとって、これほど確かな人間不信の根拠は無い。それでも少女は成長し、やがては異性を意識し始める。そして、目にする異性に理想の男性像を重ね合

わせてみたりする。しかし、明美の理想に合致し、かつ幻滅させずにいられる男などそうそう居るはずが無い。

 

そんな明美が他人に混じって社会生活を営むには、想像以上の努力と寛容を必要とする。他人の目には、明美は人付き合いが下手だったし、ともすれば個人主義者の烙印をも押されかねなかった。

しかしその実、明美は人間関係に驚くほど寛容なのだ。そうでなければ社会生活は営めなかったし、それは少女時代に培った圧倒的な諦観によるものだった。

健作と知り合ったのは、新入社員の明美が挨拶がてらにお使いに出された道玄坂のデザイン事務所。社長同士が大学の先輩・後輩という関係で、大きなコンペや何かでは協力し合うそのデザイン会社に資料を届けに、出来たばかりの名刺を持って訪ねた時だった。

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渋谷に来ると、明美は「お椿さん」を思い出す。

「お椿さん」とは、旧暦の正月八日にあたる一月末から二月初頭の最も寒い頃に松山市内南部の椿神社で催される地元最大の祭礼だ。お祭りの三日間は、本殿へと続く数百メートルの参道の両側に夜店が並び、付近の道路は交通整理が間に合わないほどの混雑をきたす。この、およそ50万人と言われる参詣者の人ごみが、愛媛・松山に生まれ育った明美が目にしたことのある最大規模の人の群れだが、渋谷に来ると、そんな椿祭りの真っ只中に居るような錯覚に陥った。

10代の頃は「人嫌い」と揶揄されたが、本当はそんなお祭り騒ぎが好きな明美は、咽るほどの人の臭いと目まぐるしく飛び交う雑多な想念に意識が掻き回され、気が遠くなるような感覚がたまらなく気持ち良かった。なぜなら、そこに一人立つ明美は無責任な傍観者で居られるからだ。

戦士のヴィジョン

ちょっとした打ち合わせでもするのだろう、玄関脇のテーブルに案内された明美に、危なっかしい手つきでお茶を出してくれたのが健作だった。歳はひとつ上だが、同じく新人という理由で社長の隣に座らされた健作は、慣れない手つきで「AD 印南健作」と刷られた名刺を差し出すと、換わりに手にした明美の名刺を見つめたまま、それきり口を開くことはなかった。しかし、そんな健作を前にした明美の脳裏には、その立ち居振る舞いとは似ても似つかない姿が見えていた。それは、満面の笑みを浮かべて海辺を駆ける少年と、巨大な馬に跨り後ろに兵士を従えた、どことも知れない海辺を往くヴァイキングの長のような逞しい戦士の姿。

満面の笑みで海辺を駆けるのは、紛れもない明美の目の前にうつむき加減で座っている青年。もう一人は、いかにも冷たく強張った風に長い金髪を靡かせた、目の前の青年とは似ても似つかないヴァイキングの族長のような青白き巨人だ。

その青白い肌もさることながら、何より目を惹くのは男が跨る巨大な馬。それは西部劇に出てくるような馬とは違い、馬体そのものが巨大な、ふさふさと波打つほどに豊かな膝下の毛並みが見事な巨馬だ。特に馬に詳しいわけではない明美ですら、男の跨る馬がサラブレッドやアラブ種でなく、寒冷地に生まれ育った強靭な農耕馬であろうことは察しがつく。いつかTVで見た、北海道で開かれるばんえい競馬に出てくるような巨大な馬。

水滴型の兜と膝までを隠す長いチェインメイルを着込んだ族長と思しき巨人は、腰に長大な剣を佩き、短い手槍と凧のようなシールドを手にしている。いつか観た、たしか北欧のどこかの国の映画に出てきた、ヴァイキングを模した戦士に違いない。

吹き付ける寒風に、背を丸くすることも無く金髪を靡かせた逞しい戦士のヴィジョンと、目の前に座る亡羊とした表情の青年がなかなか一致しない。

『なんなの? この人なに考えてんの?』

果たしてそんな健作が、明美に対してどんな印象を抱いたのだろうと興味本位に意識を向けてはみたが、そこに全く自分に対する興味を見出せないことに少なからず驚いた。それが、健作との最初の出会いだった。

悲しいかな人は、他人と向き合ったとき、相手から受けたなにがしかの印象を脳裏に浮かべてしまう。ほとんどの場合は単なる第一印象でしかなく、語り合い理解し合う内に深さや幅を増しながら形を成していくものだ。

同性の場合は、大抵が「好きか嫌いか」のジャッジだが、異性の場合は違ってくる。男性が女性を目の前にしたとき、そのファーストインプレッションには特有の色が付いている。いうまでも無くそれは「美醜」なのだが、その気が無くてもセックスの対象としてのジャッジまでしてしまうことが往々にしてある。

明美の不幸は、相手が抱いた印象が、明美の脳裏に鮮明に描き出されてしまうことだ。特に10代もしくはそれ以前に、まだいたいけな少女でしかない明美が、心無い大人たちに見せ付けられたヴィジョンが、その後の明美の人格形成に大きく深い影を落としたであろうことは想像に難くない。

そんな明美が、信じては打ちのめされ、叩きのめされながらも身に付けた深い理解と寛容こそが、まがりなりにも東京での一人暮らしを営ませた。今でも、相手によっては嫌悪感を抱いてしまうが、いつしか相手が思い描く勝手なイメージを、テレビCMでも見るように楽しむことが出来るタフネスを身に付けていた。

二度目の出会いは、明美の方がやや積極的だった。なぜなら、目の前にいる人間の意識が探れないという能力者にとっての「不具合」を、なんとしても正したかったからだ。

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返却すべき資料を小脇に青山のオフィスを後にしたのは、夕闇迫る…渋谷が最も混雑する時刻。表参道から渋谷への一駅は、明美にとっては絶好の散歩コースだ。誰かと一緒でなければ地下鉄は使わない。歩道橋が嫌いな明美は、いつもこどもの城の前を歩く。そうすれば、横断歩道を渡るだけんの…平坦な道で渋谷まで行ける。

この時間の渋谷駅周辺は、もはや「好きだ」などとは言ってられない殺人的な混雑を呈する。一度に数え切れないほど大量の、見知らぬ人の心のつぶやきやヴィジョンが飛び込んで来て眩暈がするどころか、行き交う人と触れ合ううちには吐き気を催すほどに凶悪な想念の持ち主に出くわしたりもする。いつもはそんな事態を想定して、心も身体も程よく緊張させておくのだが、今日の明美の足取りは普段にも増して軽かった。

世の中には何度も同じ夢を見る人が居る。そんな体験の持ち主が、繰り返し見る夢にひとかたならぬ思いを抱くのは無理からぬことだろう。一方、自身が体験した出来事や願望を夢に見ることも、ままある。夢とは厄介なモノである。今回は前者、繰り返し見る夢について。ある日、真印さんとテレビを観ていたときのこと。「こういうの観ると、楽しいでしょ」と、唐突に真印さんが、笑みを浮かべ話しかけてきた。何か見透かされたようで少し気分を害したが、モニターに映っていた番組は、確かに子どもの時分から好きな戦国モノだった。驚く私に真印さんは「だって隣に来てるもの」と、さらに言葉を重ねた。実は私は、そんな戦国武者の夢を、それも寸分違わぬ同じシーンを、子どもの頃から繰り返し見ていた。真印さんは何食わぬ顔で「今世ではないいつか、あなたはそこに居たのよ」と言う。夢には、自分自身も知らない、いつかの自分を知らしめる力もある、というのだ。

SILVA真印オフィシャルサイト

著者プロフィール

那知慧太(Keita Nachi)愛媛県松山市出身 1959年生まれ

フリーライターを経てアーティストの発掘・育成、及び音楽番組を企画・制作するなど、東京でのプロデュース活動を主とする。現在は愛媛県に在住しながら取材・執筆活動に勤しむ。『巳午』を処女作とする。

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那知慧太

那知慧太(Keita Nachi)
愛媛県松山市出身、1959年生まれ。フリーライターを経てアーティストの発掘・育成、及び音楽番組を企画・制作するなど、東京でのプロデュース活動を主とする。現在は愛媛県に在住しながら取材・執筆活動に勤しむ。『巳午』を処女作とする。
 

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