銀門3 連載小説「巳午」

投稿日: 2016年05月31日 17:00 JST

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<この物語は、ある霊能力者をモチーフにして描かれたフィクションである。>

「よろしければ。…少し奥様の背中を触らせていただきたいんですが…」

明美は質問には答えず、さらに理不尽なお願いをした。

「背中を触るって…。なにをするんです?」

明美のことを何も知らない、いや先ほどの説明でおおよそのことは分かっても、はなからそんなことを信じていない夫にしてみれば頼まれたからといって「ハイそうですか」とは言えないのだろう。そんな夫の及び腰を笑うかのように静江が口を開いた。

「あなた、いいのよ。大丈夫なの。この方はそういう方ですから。…はい。先生、これでいいかしら」

静江は、それまで座っていた背凭れのない丸いソファーシートから立ち上がり、まだ何か言いたげな夫と向き合うような格好でもう一度座り直した。

「背中を触る」。この、想念が蓄積されるといううなじの辺りに手を触れながらするリーディングは、普段ならばベッドにうつ伏せになって行うのだが、まさかこの場で寝かせるわけにもいかず悠然と背中を向けた静江の高飛車に掌を合わせてみた。たちまち、禍々しい気配が明美の総身を駆け抜ける。

集団登校で年長の女子と手をつないで歩く理沙。こちら側で静江が手でも振っているのだろう、振り返り振り返り見せる理沙の笑顔が日の光に照らされて輝いている。そんな柔らかい光景がほんの一瞬見えたかと思えば、すぐさま怖気立つような寒々しい波動が覆い尽くし、静江はブルッと身震いした。

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「なぁ、あの奥さんからどんなビジョンが見えたんだ?」

結局最後まで口を開くことの無かった健作が、以前来たことのある、地元の若者たちが肝試しに来る大きな池を見下ろす山道に差し掛かった辺りで口を開いた。地元では、幽霊が出ることで有名な大きな灌漑用の溜池が、晩秋の陽に照らされて輝いている。

以前、健作が暇にあかせてこの池の畔を訪ね、その足で池を見下ろす古刹に足を伸ばした時、それを後から知った明美に不用意な外出を咎められたことがある。健作とそっくりな男(?)に憑き纏われた事件の発端と思しき現場だ。どうやら明美は、その古刹を訪ねようとしている。

鍵握る古刹

深まる秋が山を彩り、道後平野が茜色に曇っている。

普段は、山仕事に使う軽トラックぐらいしか走らないのだろう、普通車などはとても離合できそうにないセメントで固めた細い山道を、ひたすら対向車が来ないことを祈りながら進んで行く。

「このまま行くと、…明美が行くなって言ったお寺に着くけど、それでいいんだよな?」

かつて「行くな」と言われた健作は確かめずにはいられない。

「…うん。ごめんね。…本当は行きたくないんだけど、今日は行かなくちゃいけないの…」

「もうひとつ聞いていいか? あの寺にはなにかあるのか?」

「…うん。以前、あのお寺から戻ってきた健作の背中を診たときにも感じたけど、どうやらあそこはコノ世のモノではない者たちが集まる場所よ」

「で、そこにこれから行くんだよな。…行かなきゃならない理由ってのは教えてもらえるのかな?」

「さっき、あの奥さんの背中を診せてもらったでしょ。…あのとき、見えたのよ…」

「なにが?」

「…理沙ちゃんが…。あの子、幾つもの陽炎に囲まれて泣いていたわ」

「それが、これから行く寺だってわけか…」

「そう。理沙ちゃんは、きっとそこに居る…」

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静江の背中から明美の掌を通して見えたのは、鬱蒼とした木立の中の大きな、およそ民家とは思えない灰褐色の瓦屋根。大棟から四方に屋根を葺きおろした寄棟造りは何処かの堂宇か? 静江の背中が見せているビジョンこそ、今は亡き理沙の消息の手掛かりに違いないと、さらに意識を凝らせて行った…。

じっとりとした暗がりの、余り綺麗とは言えない小石や枯れ草の散見する境内の向こうに三重の宝塔が見える。小さいながらも宝形造りの屋根には塔の屋根を飾る相輪も見えた。

暗がりの中で少女が泣いている。少女が怯える暗がりを作るは妖しか…。時折、明美の視線を遮るように暗がりそのものが蠢いている。

少女のうずくまるそこが何処なのか。明美は懸命に意識を巡らすのだが、その度に真っ黒い塊が視界を遮って来る。それでもやっと見ることができたのが、方形の壁と頭上の組格子天井だ。あの三重の塔に違いなかった。

「で、あの子の霊が捕らえられているとして、それを明美が助け出すのか? 大丈夫なのか? そんなことして…」

「…わからないのよ…。それに、助け出せるかどうかもわからないわ。でも、たとえ助け出せないにしても、そのことをまず確かめないといけないのよ。でないと、このままでは私、戦えないもの…」

「おいおい、戦うって…? アレとか? そんなことできるのか? 大丈夫か?」

日頃冷静な健作がうろたえている。それは、あの夜、レストランのレジで陽炎のおぞましい姿を見たからに違いない。

「本当のこと言うと、まだなにも準備ができてないのよ…。おばあちゃんは大丈夫みたいなこと言ってくれてたけれど、そのために必要な黒玉の使い方はおろか封印の解き方もわからないし、銀門の意味もわかってないの。でも、リーディングしてわかったのよ。もう時間が無いわ。それに、あいつらの狙いは静江さんだけじゃない…」

「…ちょっと待てよ。それって、まさか亜里沙のことか?」

さすがに健作は察しが良い。わからないなりに、これまでの経緯や明美の言葉の端々から、すでに陽炎と呼ぶモノどもの興味が娘の亜里沙にまで及んでいることを見抜いている。そんな健作の言葉を、明美は否定も肯定もせずに聞き流したが、アレらの狙いが亜里沙に留まらず、明美や健作にまで及んでいるとは口にできなかった。

邪な結界

左右二間ほどの山門を潜り参道を行く。昼なお暗い参道は、左右に膝ほどの高さの苔むした石組がされ、石組の向こうは大人が手を繋いでも抱えられそうもない古杉の並ぶ鬱蒼とした杉林が、そのまま里山の懐へと続いている。

「だめ。…私はもう、これ以上は行けない…」

「うん? どうした? 気分…悪いのか?」

すぐ後ろをついて来ていたはずの明美が、山門からまだ10メートルも進まない辺りに蹲ってしまった。背中に手をやると、ヒンヤリと冷たくなってしまった明美の体温を感じる。明美は、明美が禍々しいと感じる場所に来ると、その禍々しさが強いほど、それ以上近付けなくなったり動けなくなったりする。今までにも、何度となくそんな光景を健作は目撃していた。ただ悲しいかな、その都度、明美がそんな風に苦しむ姿を目にしないとわからない。なぜなら、そんな明美とは裏腹に、健作自身の身体には何も変調がないからだ。

「…そうか駄目か。じゃ、俺行ってくるよ。で、何を見てくればいいんだ?」

「平気? …でも助かるわ。健作が行って来てくれれば、後で健作から読ませてもらうから」

「ああ、いいよ。どうせ俺、なんにも感じないからさ。…あれだよな、あの三重の塔に行きゃあいいんだろ」

健作が指を指した先、鬱蒼とした杉木立の合間に塔の最上階の屋根と相輪が見える。

「でも、絶対に中には入らないでね。壁に触れてくれるだけでいいから。ねぇ、わかってる。入っちゃ駄目よ。あ、それから…これ持ってって。口に出さなくていいから読みながら行って。いい。絶対に手放しちゃ駄目よ。それと、読みながら行ってね!」

壁に触れただけで、それも自分では無く健作が触れた壁の向こう側の様子を、それもこの世のモノではない、およそ人の目では見ることも叶わない姿を写し取る。そんな業を、まさか自分の妻が行えるなどとは、明美と一緒になるまで想像したことも無かった。

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スピリチュアルカウンセラーなどと呼ばれているが、イコール占い師かと問われれば「違う」と言わざるを得ない。なぜなら明美は、統計学の粋を集めて確率を口にする占い師とは違い、赤の他人はおろか果ては石まで、そこに秘められた記憶の断片を読むというリーディング能力の持ち主だからだ。ただ、そうして読み込んだ他人の記憶と同時に、その者の周囲に棲まうコノ世の者ならざるモノの声や姿まで感知することによって、打破すべき問題や未来を推し量りながら口にしているに過ぎなかった。

握り締めた掌を開くと、いつの間に用意したのか、明美によって認められた小さな和紙が現れた。珍しく平仮名で記されている。やや俯き加減で、言われたとおりに文言をつぶやいてみた。

“おん あぼきゃ べいろしゃのう
まかぼだら まにはんどま
じんばら はらばりたや うん”

小さくだが、口にしてみるとわかった。

これは、いつも明美が心を澄ませるときに唱えていた呪文だ。いや、明美はこれを真言とかマントラと言っていた。明美の手による平仮名を口にするだけで、なんとなく心が落ち着き肩が軽くなるような気がして、何度も何度も唱えながら道を急いだ。

さほど長くも無い参道を行くと、その昔は大層立派だったに違いない玉砂利が残る境内に出た。寂しげなわりに豪奢な本堂と、鐘撞堂と三重の塔が対を成すように境内の左右に展開している。いつもなら、まずは本堂にお参りしてから鐘撞堂や三重の塔を見て回るのだが今日は違った。今日は一刻も早く三重の塔へ行き、塔の壁に触れるだけで後は急いで明美の元へと帰らなければならない。

聞こえてきた声

こんな田舎に…と思わず見上げる三重の塔だが、戦後に築かれたのだろう、皮肉にも瓦敷きの基壇が現代建築の白々しさを露わにしている。しかし明美が踏み込むのを躊躇うような、これといって何も感じない健作は、所々白漆喰が浮き上がり、剥がれ落ちた壁土が覗く壁に掌を寄せ、やはり何も感じないことを確認して来た道を戻り始めた。

『後生大事に抱いとりゃええんよ。そうすれば戒めは解けるんで』

「…なんだ、今の声は…」

境内を急ぎ横切ろうとする健作の耳に、聞いたことも無い老婆の声が届いた。幻聴?

たしかにこれを、誰かに話せば幻聴と言われるのだろう。いくら不気味な山中とは言え、こんな昼日中に聞いたことも無い老婆の声が頭の中で聞こえるなんて…。今まで、こんなことはなかった。ただ、それがなんであれ、車の中で首を長くして待っている明美に知らせなきゃいけない。…そんな気がした。

『後生大事てて、それだけでエエんかのぉ?』

『…ええやろ。…ほぅじゃのうても、あの子には力があるんじゃけん、そのうち時が来たら解けたはずよ』

まただ…。また聞こえた。

馬鹿げた話ではあるが、健作の頭の中で勝手にしゃべる相手はなんと二人に増えたらしい。いや、最初から二人だったのかもしれない。恐る恐る壁に触れ、急ぎ足で参道を戻る健作の脳裏で、老婆と思しき二つのしわがれ声が続いている。聞き覚えこそ無いけれど、声の主は明美の祖母と曾祖母に違いないと、健作は確信していた。

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健作が忘れ去っていた遠い記憶…。

幼くして両親が離婚した健作は、以来、父方の祖母に育てられた。祖母は母の温もりを求める孫を、我が子のように慈しみ愛情深く育ててくれた。そしてそんな祖母を、いつしか健作も母のように慕う、お婆ちゃん思いの孫に育っていた。

中学三年の夏、そんな祖母が亡くなった…。しかし健作には、何とも言えない違和感があった。なぜなら、想像していたような、圧倒的な悲しみが込み上げてこないのだ。それにもまして異様だったのは、近在の寺からやって来た坊主の読経が流れる中、健作は親族席の末席で、亡くなったはずの祖母と一緒に式を観察していたのだ。居るはずの無い祖母が、親族席の一番後ろに座った健作の隣に現れ、

『よく見ておきなさい。…いろいろな人がいる。悲しんでくれている人や悲しんでいる振りをしている人。生きてるときになにもしなかった人に限って、声を出してこれ見よがしに泣く。…面白いね。世の中には色々な人がいるから…。よく見ておきなさい』

などと言っては、日頃から何かと目敏い叔母や口やかましい叔父を指差し、その人柄を面白おかしく教えてくれた。そんな具合に、まだ中学生の健作にとって最も大切な肉親だった祖母の葬式は、大好きな祖母と過ごす一風変わったイベントと化していた。

…と、頭の中で響く老婆の声を聞きながら、あの日健作に起きた、亡くなった祖母とのやり取りがまざまざと思い出された。

『…どうして忘れていたんだろう? 俺にも聞こえてたんだ…』

それは「会いたい」と切に願う者にのみに出現する奇跡か、それとも、残した者に対する先立つ者の情の成せる業なのか? いずれにしても、何も見えず聞こえないはずの健作にも、かつてコノ世の者ならぬモノと意識を交わした経験があった。

そんな体験がいかに大切かを、今まで散々示唆してくれた女が車の中で待っている。そう思うと、健作の足は急いだ…。

想念

「人間の想念は、ここに集積されるのよね」と、真印さんは背中から後頭部に連なる脊椎を指差した。想念=人が心に思い浮かべたことや願いが何故、脊椎に集積されるのか。正確な理由は定かではない。ただ、長年相談者と対峙してきた真印さんは、経験上、そこに人が抱え込んだ想念が折り重なっていると知ったのだ。真印さんは、通常行う対面式のリーディングの他に、相談者をベッドに寝かせ、背中から後頭部の辺りに触れながら施術を行うことがある。脊椎に触れることで、対面式とは比較にならない数のヴィジョンが、真印さんの眼前に浮かぶという。さらに真印さん自身が意識を向けることで、現れたヴィジョンの経緯や未来の姿を手繰り寄せることもできると言う。
「背筋がぞくぞくする」など、日本語には背骨=骨髄にまつわる様々な言い回しがある。一方で近年、第六感と言われる未知の感知能力と骨髄との因果関係が盛んに研究されてもいる。「背中に痛みや違和感を覚える時は、身体的な故障だけでなく、日常生活の中の微妙な変化にも思いを巡らせてみてください。ひょっとするとそこに、あなたに害意を抱く何者かを発見できるかもしれませんよ」(真印さん)

SILVA真印オフィシャルサイト

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那知慧太

那知慧太(Keita Nachi)
愛媛県松山市出身、1959年生まれ。フリーライターを経てアーティストの発掘・育成、及び音楽番組を企画・制作するなど、東京でのプロデュース活動を主とする。現在は愛媛県に在住しながら取材・執筆活動に勤しむ。『巳午』を処女作とする。
 

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