銀門5 連載小説「巳午」

投稿日: 2016年06月14日 17:00 JST

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<この物語は、ある霊能力者をモチーフにして描かれたフィクションである。>

永く過酷な旅の末に辿り着いた部族だった。遠くマラッカ海峡の辺りに端を発する奔流は、ところによっては流速4ノットもの速さになる。ある者は板子にまたがり、またある者は刳り舟に乗り、大いなる海を渡ってきた。遥かなる大洋の彼方、黄褐色の肌を持つ仲間たちの邑が点在する広大な草原を後にして、果ても知れぬ海原へと身を乗り出した雄々しき一族の裔である。

長く暗い大氷河期が終わろうとする頃、巨獣を追って大陸より走り来た部族や、海を渡り陽に灼けた肌を持つ部族が深い森の奥へと新たなる暮らしを求めた。

彼らの辿り着いたそこは果たして新天地だったのだろうか…。

同じく海を渡って来たらしき体毛の薄い部族が、麓に集落を定め、大地を耕し森林を伐採始めると、何度も小さな諍いを繰り返した。そうして彼らは、無益な諍いを避け、まるで追われるように更に深い森を求めて山へと分け入って行った。以来、どれほどの時を経ただろう。やがて麓の集落は数を増し、森に棲む者と麓に棲む者とに見えざる境界を取り決めるに至った。

それでも一族がこの地を離れられないのには、そこに聖なる山が有るからに他無い。その山こそが、彼ら一族が神と崇める人外のモノが棲まう特別な場所だった。

待っていた男

陽の光に照らされ、黄金色に染まる盆地平野を目にしたとき、明美は郷里に戻ったような安堵感に包まれた。

ここを訪れるのは二度目。一度目は、不安に駆られ、カモシカのように伸びやかな四肢を持つ少年に導かれるまま、「俺はおまえだ」と吐き捨てる〈口の大きな男〉と名乗る祈祷師の小屋に連れていかれた。

まだあの男は、あの集落に居るのだろうか? いや、必ず居る。そうでなければ再び導かれるはずがなかった。そう思うと胸が高鳴る。まるで拒むかのように頭上に覆い被さる、生い茂った濃緑の森を前に大きく息を吸い込み見上げると、山腹の木々がまばらになった辺りに少年の姿を見つけた。

前回に比べると早い時刻らしい。まだ空は明るく、辺りが見渡せるのは有り難い。前回は、気味の悪い古森としか思えなかった森が意外なほどに明るい。それでも、あの集落に辿り着くには、奥へ奥へと斜面を登っていくしかなかった。

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あの夜と同じく、果てしなく続くと思える斜面を指先に血を滲ませながら登る。すると、やがて息も切れ切れになった視線の先に、あの夜、漆黒の闇に沈んでいた幾つもの小屋が現れた。

〈口の大きな男〉の小屋に辿り着くまでに、何人かの男女と子どもたちに出会った。

俯いたまま手元の作業に夢中になっている者も居れば、通り過ぎようとする少年に声をかける者も居る。男も女も、皆一様に肌に文様を描き、子どもまでもが弓を携え、狩を模した遊びに興じている。見れば、明美を誘う少年の背にも、同じく小振りな弓が見える。明美は、彼らの言葉がわからず立ち竦んでいるだけだったが、それでも明美を見咎める者が居るでもなく、ただ少年が歩き出すのを待っているだけでよかった。

あの日と同じく、明美の存在に気付く者は居ない。やはり明美の姿を見ることができるのは、この少年と〈口の大きな男〉だけのようだ。やはりここは、明美の思う通り、明美が暮らす世界とは異なる次元の連なる世界に違いない。そしてここでは、異なる世界の住人である明美は、存在すらも許されない、常成人には感知できない存在なのだと奇妙なむず痒さを覚えた。

『なかなか見つからんな』

確かに明美の目の前に居るのだが唇は動いていない。前回と同じだ。また直接、頭に語りかけてきている。

この目の前に居る、一族の者から〈口の大きな男〉と呼ばれる祈祷師にとって明美は、敵対する部族どころか同じ時空に存在してはいけない異界の者…。そんな、異なる時の流れから現れた闖入者に、男は当たり前のように語りかけてくる。

あの日と同じく案内された小屋に、今日は男が一人で居た。待ってこそ居なかったのだろうが、その取り澄ました様子から、明美の現れることはとうに見越していたことがわかる。

『今度は、問いぐらいはわかっておるんじゃろうな』

「……」

言葉が出なかった。聞きたい事はたくさんあるはずだが、いったい何を聞けばいいのかわからない。

銀の光

『なんじゃ、まだ定まらぬのか…。邪魔だ、帰れ!』

そう吐き捨てて明美を見た男の顔には、赤黒い染料で、いつか父の書斎で見た直弧文が描かれている。年の頃は…40代か、いやもっと若いかもしれない。その赤黒い肌と深い刺青が男を老人と見誤せるが、よく見るとまだ壮年に差し掛かったばかりの力強い若さを漲らせている。

「待って、ごめんなさい。聞きたいことはたくさんあるの…」

『コノ世の定め。アノ世の理。人の世の禁忌。お前はなにを探し求める者か』

明美の頭の中で、この数週間に起きた様々な出来事が走馬灯のように駆け巡り、やがて辻褄の合わないままプロセスの枝から外れたキーワードが、波間を漂う木の葉のように浮かんでいる。

『銀門か…。お前たちはアレを銀門と呼ぶのか』

「銀門を知ってるの?」

『銀門など知らん。じゃが、お前たちが銀門と呼んでおるものは知っている。そしてそれは、お前も良く知っておる』

「教えてっ!」

明美は、この夢とも現ともつかない〈口の大きな男〉と名乗る祈祷師の元を再び訪ねた理由が、この謎を解くためだったと確信した。そして、今この男に見放されてしまったら、取り返しのつかない過ちを犯してしまう…そんな焦りにも似た渇きに身悶えた。

『コノ世を支配するものはなんぞ…。どうやらお前の世界では、我々人間ごときが支配しておる気になっておるようじゃが、それは大きな間違いじゃ。

あまねくコノ世は光と闇が支配する。そして暮らしの半ばは闇に支配されておる。ただ、その闇にも光はある。光無き世は汚らわしき者どもの跋扈するままじゃ。お前ごときに生き抜く力はあるまいて。じゃからして、人の世の半ばを覆う闇にも幾筋かの光がもたらされておる。その光が閉ざされた時、銀の門は開く』

暮らしの半ばを覆い隠す闇…。これをメタファーとするならば…。

明美の中で、幾つもの事象が浮かんでは消える。

『いかに愚かとて、その目で見ればわかるじゃろう』

男の声に微かに頷き返した少年が小屋から出て行くと、そのまま覆いを上げて明美にも外に出るよう促している。ほんの一瞬、どうしたものかと躊躇う明美に、〈口の大きな男〉が頷いた。

明美は、これまでの人生でこれほど圧倒的な星空を見たことがない。

夜の漆黒が大地を覆い、前回、そしてついさっき明美が見惚れた黄金色に染まった盆地は闇に溶け込み黒々とした海と化している。その見渡す限りの黒い水面に、陽の光の中では中天に蒼く木立の頂を突き出していた神々の森がぼんやりと浮き上がって見えた。

その暗闇の海に、幾筋もの銀の矢が降り注いでいる…。

見上げればそこに、満天を彩る星々。

微かにだが煌めきながら、数え切れない銀色の光の矢が降り注いでいた。

しかし大地を覆う闇は深く、幾筋もの矢が、まるで吸い込まれるように儚くもその白金の筋を消して行く…。

それは、星々が暗黒に挑みかかる姿。幾度かき消されようとも、どれほど遮られようとも続く光と闇の永劫の戦いだった。

傍らの少年が指差す雲間からは小振りながらも冴えた銀色の月が顔を出そうとしている。そして、星々の放つ銀の矢とは比べようもない太く力強い光の帯が漆黒の大地を白銀に晒して行く。

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『月の光は悔いを癒す。そして、邪を祓う。されど月の光には頸木がある。星は常に宙にあり、知らずとも大地を照らしておる。しかし月は、時として大地によって覆い隠される』

姿こそないが、声の主が、小屋の中で囲炉裏に粗朶をくべる〈口の大きな男〉だということは分かった。

いつもと同じく、男は明美の中に直接語りかけて来る。その鷹揚な口調は時として神経を逆なでるが、語られるままに宙に目を向け、星々が放つ白銀の矢と月から溢れ出た銀の帯に目をやるだけで、明美は素直に頷くことができた。今までにもこうして、夜空に浮かぶ月の光に身を曝し、幾重にも折り重なった哀しみを癒した思い出が蘇る。そしていつしか、赤黒き大地に帯となり矢となって降り注ぐ銀の光を総身に浴びたいと希求する。

そんな祈りにも似た思いに涙が頬を伝っていた。

『命迸る掌を紅き戒めに染めし者、閉ざされし銀門の彼方に邪を封じよ』

漆黒の海に降り注ぐ白銀の矢に心を奪われたまま、紅く染まった掌を見つめて荒野に立ち尽くす明美に、語りつくした男の最後の言葉が刻み込まれた。

『命迸る掌を紅き戒めに染めし者、閉ざされし銀門の彼方に邪を封じよ』

血の秘密

「明美。明美、大丈夫か?」

肩を乱暴に揺すられ、明美は目を開いた。どうやら眠っていたらしい。明美の顔を覗き込む健作の肩越しに見える時計が4時30分を示している。どれくらい眠っていたのだろう。ついさっきまで健作と話していたような気がするし、夏休みの朝のようにたっぷりと眠ったような気もする。

「どうした? また、なにか見えたのか? 何だかスゲェうなされてたぜ」

「…そう、私うなされてた?」

「うん。なんだかずっと、怖い顔して寝てた」

「そうか…。また会ったんだ、例の祈祷師に…」

「え? あの、明美の前世体とかって祈祷師にか?」

「そう、〈口の大きな男〉。あっ、そうだ! わかったんだ! そうよ、教えてもらったのよ!!」

やや気圧された感じの健作に、〈口の大きな男〉との再会によって得た銀門にまつわる秘密を語るうちに、明美に流れる血の秘密を確かめることが出来る気がした。

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懐かしさすら感じさせる黄金色の盆地と心に染み入る男の声。そして何より、満天の星々と月の光が降り注ぐ暗黒の大地。

「飛鳥…」口にせずとも、胸の内で唱えるだけで涙がこみ上げて来る。

まだ空は白んでもいない。開け放った窓から12月の夜風が入ってくる。明美は紅い大地で仰ぎ見た夜空を思い浮かべながら白々と瓦屋根を照らす月を眺めていた。

遥拝と登拝

近年、世界文化遺産に認定された富士山は、日本人ならずとも、その姿を目にした者に等しく感激と畏怖を抱かせる聖山である。そうして、古代神道における聖地として各地の深山が現代もなお敬われている。そんな聖地とされる山を遠く仰ぎ見て拝むことを『遥拝』、その御神徳を拝しつつ登ることを『登拝』という。
以前、真印さんが奈良・三輪山に登拝した際。なんと真印さんは、履いていた靴を脱ぎ捨て裸足で登り始めた。足元には落ち葉枯れ枝はもとより、大人の太腿ほどもある根が至る所に張り巡らされている。それでも真印さんは、「裸足になってみて。この子達(と足元の根を指さす)を傷付けちゃうといけないし…。大丈夫、この山は優しいから。ほら、足元からエネルギーが登ってくるのが分かるでしょ」と微笑んだ。『遥拝』と『登拝』。いずれも、日本人の信仰の対象が森羅万象であり、それらを統べる山であることの表われに他無い。「神社仏閣にお参りする際は、その多くが聖山をお祀りするために建立されていることに思いを馳せ、背景の山に祈りを捧げ、叶うならば山肌に掌を添えてみてください。温かく力強い波動が感じられるはずです」(真印)

SILVA真印オフィシャルサイト

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那知慧太

那知慧太(Keita Nachi)
愛媛県松山市出身、1959年生まれ。フリーライターを経てアーティストの発掘・育成、及び音楽番組を企画・制作するなど、東京でのプロデュース活動を主とする。現在は愛媛県に在住しながら取材・執筆活動に勤しむ。『巳午』を処女作とする。
 

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