軍事オタク、アナログ派…宮崎駿監督 知られざる巨匠伝説5

投稿日: 2013年09月23日 07:00 JST

9月6日、「今度こそ本気です」と引退会見を開いた宮崎駿監督(72)。巨匠の引退を惜しみつつ、『宮崎駿のススメ。』などの著書もあるライターの井坂十蔵さんの話をもとに、宮崎監督のトリビアを公開!

 

◯男だらけの環境で育ったことが、かえって魅力的なヒロインを生み出した?

「監督は、東京都墨田区で4人兄弟の二男として生まれました。宮崎アニメの主人公に少女が多いのは、男だらけの環境で育ち、女の子の本性を知らない監督の幻想や憧れからきているのかもしれません」(井坂さん、以下同)。ちなみに、監督がもうけた2人のお子さんも息子。

 

◯軍事評論家も認めるミリタリーマニア少年だった!

軍事オタクだった宮崎監督。高校生のときに『世界の艦船』(海人社)という艦船情報誌の読者投稿欄に「東京都杉並区永福町/宮崎駿」として投稿し、見事掲載されている。

「投稿内容は魚雷艇の戦略について。当時すでに軍事評論家と議論を戦わせるほど、造詣は深かったようです」

 

◯デジタルものが苦手。手描きにこだわるアナログ派?

スタジオジブリが発行する小冊子『熱風』(’10年7月号)では、デジタル機器に批判的なコメントを寄せ、「僕には鉛筆と紙があればいい」との表明も。

「確かに『風の谷のナウシカ』の原作漫画は、大部分がペン入れなしの鉛筆書き(笑)。また、ジブリの絵コンテ用紙は一般のものよりひとまわりも大きい。脚本がない宮崎作品では絵コンテがシナリオ代わりなので、絵コンテはとても細かく描き込むそうです」

 

◯’85年設立のスタジオジブリはもともと『天空の城ラピュタ』を作るためにできた「その場限りのチーム」だった!

当時は後進育成にまで手がまわらず、作品ごとにスタッフが集まっていた様子。

「『風の谷のナウシカ』を制作したときは、トップクラフトという会社でした。その次に、ラピュタを制作するために設立したのがスタジオジブリ。その後『となりのトトロ』『火垂るの墓』も成功。経営的にも安定したこともあり、『魔女の宅急便』からジブリは常態化、後進の採用もこのころから始まりました」

 

◯作品の中には、監督とされる人物が登場している!

『天空の城ラピュタ』で、ラスト近くの群衆の中にいる黒縁メガネの男性は、宮崎監督という説が!

「ほかにも、アニメ『ルパン三世』(’71年のテレビ代シリーズ)に登場する夫婦と赤ちゃん2人は監督一家といわれています。また『カリオストロの城』にも『未来少年コナン』が一瞬出ていたりと、初期の作品には遊び心があふれているんですよ」

 

 

休んでいるうちにまた気が変わってくれることを祈りたい。

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