女性の心を持つ男性医 松田 豊 医師(54) Vol.7 先生からのメール

投稿日: 2010年06月03日 00:00 JST

Vol.7 先生からのメール

「昨日書き送った千葉大時代のことで,訂正があります」

<たまに(月2〜3回)千葉のライブハウスに踊りに行く以外は,そして2年生の夏から1年あまり月1〜2回女装クラブに行く以外の時間は,ほとんど勉強してました。>
実はもう一つ,仕事(翻訳の仕事)を週10時間くらいしてました。わたしの生活を維持するためです。『摂食障害とたわむれて』にも書いていたと思いますが,家庭に仕送りはしないまでも,自分一人の生活は自分で支えていました。これだけ,勉強以外に時間を使うと,学生たちと一緒に遊ぶ時間はなくなるわけで,実際,そういう場には顔を出さなかったです。おかげで神秘のベールに包まれた「謎の人」というイメージが同級生の間にできあがったみたいです。まあ,それはわたしにとってむしろ好都合でしたが。

ダンスは,何回か,何人かの同級生と一緒にライブハウス(千葉のピーナツボールというお店)に言ったことがあり,1度だけですが水泳部が主催したダンスパーティーで踊ったことがあるので,一応知れ渡っていたようです。
===============================

この頃、私たちは互いに取材時の感想や私の精神状態の報告など毎日2〜3通のメールをやり取りしている。
そしてその翌日22日には、北大時代の女性の思い出をつづったメールが届いた。

==================================
3月22日10:45

—途中省略—

わたしより2〜3歳年上。当時はまだ大学である程度の影響力のあった共産党の活動家で,今でいうフェミニストでもあります。華々しい活動歴があり,学生の党組織の中でも一目置かれていました。ただ,共産党(に限らず左翼,右翼たいていの組織)は日本的集団主義の強い組織で「みんな一緒に」,「みんな仲良く」が合言葉でした。わたしはそれになじめなかったのですが,彼女もそれになじめなかったようです。そして,党組織もそういう彼女をちょっともてあましていた(と言うと言い過ぎかも知れません)。彼女は,言うなれば,一目置かれながら,煙たがられるような存在だった,とわたしは推測しています。

そういう彼女とわたしは気が合いました。そして,たぶんご推察のとおり,わたしは彼女を好きになりました。彼女もわたしを嫌いではなかったはずです。ある時,思い切って告白しようと思いました。実は,これはわたしの人生でめったにないことなのです。たいていの女性とは,特に告白することなく,自然にそういう関係になっていたので。それはともかく,その場で,彼女は気配を察したのでしょう。わたしが告白する前に,「わたし,婚約者がいるの」とおっしゃいました。その後も,普通に友達付き合いはしていました。だから,嫌われていはいなかったはずです。北大卒業後,何度か札幌を訪れたことがありますが,その時はほぼ必ず会ってました。ちなみに,彼女はかなりの酒豪です(でした,当時は)。

彼女はその後,その婚約者と結婚し,2人の子供を得たけど離婚し,しばらくして別の男と結婚し,さらに1人の子供を得たけど,また離婚し,結局,シングルマザーとして3人の子供を育てました。上の2人はもう独立しています。7〜8年前だと思いますが,彼女が東京に来たおりに,お会いしたことがあります。その時,「〇〇(婚約者の名前)と結婚するより,あなたと結婚していた方が幸せだったろうね」と言ってくれました。

話を北大時代に戻しましょう。彼女にからんで,こんなシーンを覚えています。共産党の機関紙「赤旗」には,時事問題を家族3人(父,母,子供)の会話形式で共産党の立場から解説するコラムがあります(今もあるのかどうか,その当時はありました)。父親が解説し,母と子供が「ふんふん」と聞くパターンが定番でした。彼女が,「なんでいつもお父さんが話し役でお母さんと子供が聞き役なの。なんでお母さんが話し役にならないの?」と疑問を表明しました。そこにいた別の学生党員が,「そうだね。お母さんが物価問題について語ってもいいよね」と返事したら,彼女が「なんで物価問題なの?なんで,お母さんが国際問題について語ってはいけないの?」と切り込みました。相手の党員は黙ってしまいました。

男女平等を唱える組織の中に色濃く残る男女差別をあぶりだしたような会話でした。そういえば,当時,共産党が指導する平和を守る運動では,「命を産み育てる女性は平和を求めます」というスローガンがありました。今はたぶんこのスローガンは取り下げていると思いますが,産まない選択をする女性を度外視したスローガンですね。
====================================

その後13:16に、先ほどのメールの追記が届く

=============================
松田豊です

せっかくだから,北大時代について,思いついたことを書いておきます。

『摂食障害とたわむれて』の中でも,北大の学生たちから分厚い教養を尊敬もされ恐れもされたことを書いていますが,何と言っても北大でわたしは「フランス語の神様」でした。どんな難しい文章,込み入った構文でもさらりと解釈し訳してしまう。

西洋史専攻課程にいた頃,3年生か4年生の時ですが,こんなことがありました。同級生の一人がフランス語の資料に取り組んでいたのですが,1カ所,どうしても意味の取れない文がありました。彼はそれを20分くらい考え込んでいたらしいです。翌日,わたしにその文章を示して,「なんて意味だ?」と聞きました。わたしは,本当にその場で即答してしまいました。彼は脱力した様子で,「これから,フランス語で分らないことがあったら,自分で悩まないでお前に聞くよ」と言いました。

彼に限らず,ほかの同級生も,そして下級生も,さらには上級生,大学院生も,フランス語のことでわたしに質問してきました。それに答える経験を積む中で,相手を傷つけない配慮を少しずつ身につけていったと思います。つまり,「こんなことも分らないの!」みたいな罵声を浴びせるのではなく,「確かに,この文章は複雑だよね。この関係代名詞は,これではなくて,こっちの単語にかかっていて・・・・」という具合に。わたしは自分の力を自覚し始めていました。競い合いの中で首一つ抜け出すのではなく,圧倒的な差をつけて優位に立っている (少なくともフランス語に関しては),それだけの実力を備えていることを,自覚し始めていました。そして,その力が相手を傷つけないよう配慮することを学習し始めていました。もっとも,その当時はまだ若気の至りで相手を傷つけたエピソードもたくさんあるのですが。

いえ,この言い方は不正確です。自分の力を自覚するという点では,小学生の頃から,勉強のいくつかの科目で圧倒的な力を持っていることを自覚し,自負していたはずです。同級生がわたしに数学や理科などのことで質問に来ることもあったのです。その頃は,質問に答える際に相手を傷つけないよう配慮しようと意識してはいなかった。北大の頃から,この配慮をするようになりました。どうしてなのでしょう。多少なりとも大人になったから(北大はわたしの20〜24歳の時期に相当します)。それもあるとは思いますが,たぶんそれだけではないはず。

一つ思いつくのは,小学生,中学校の頃の力の自覚には「強がり」の側面もあったことです。わたしは,勉強はできても体育や美術などの実技科目はできなかった。体育は小学生の6年間通して2でした。運動会でかけっこするといつもビリでした。腕力も弱かった。そして,今の都会の子供はどうだか知りませんが,わたしの頃の子供の世界では,勉強ができる子より,運動がうまい子,絵がうまい子の方が目立つものでした。「でも,わたしは勉強はできる」と強がるような意識。大学では,体力や腕力は問われません。知性だけが問われる場だから,そんなルサイティマンから抜け出して,相手に配慮する余裕が生まれたのかもしれません。それと,ダンス。相変わらず学校の体育は苦手でしたが(テニスをやらされて,相手が打ち込むボールに向かってラケットを振るのですが,かすりもしなかったことがあります),ダンスがうまいことは,体を動かすことに関する劣等感をかなり解消してくれました。

よく「劣等感をバネにして」と言うけど,確かに最初のうちバネとして活用するのは構わないけど,ある段階でこのバネは取り外すべきです。力を手に入れた後も劣等感を持ち続けていると,たいてい,人を傷つけてしまうでしょう。

自分の力を自覚して,自分の力が相手を傷つけないよう配慮することは,今のわたしの医者としての資質の大事な要素になっているはずです。それがどのように芽生え,育って行ったのか,重要なテーマですね。書きながら気づきました。

ともあれ,千葉大では,この配慮はすっかり板についてました。千葉大では明らかに別格の存在だったし,年齢も,高卒すぐ(1浪,2浪くらいはしていたとしても)入学した同級生に比べ15〜17歳くらい上なのだから,当然と言えば当然ですが。
=================================

シリーズ人間:女性の心を持つ男性医 松田 豊 医師 一覧

この記事が気に入ったら
いいね!/ フォロ− しよう

WEB女性自身の最新の情報をお届けします。

あなたにオススメ

【注目アイテム】
「メスを使わない美容整形」コルギのパワーを自宅で!!
ジェニファー・ロペス、カイリー・ミノーグが「約20歳年下彼氏」を手に入れたワケ!
45歳、奇跡の美乳・原志保さんのボディを作るヒミツのグッズ公開!!
着るだけで、エステの効果がインナーに!!
可愛い47歳! 元CA佐藤亮子さんの大人気トラベルブランド

コラム・連載

もっと見る

女性自身チャンネル

もっと見る

スヒョン入隊前の心境を吐露!U-KISSみんなで乗り越える新曲2017.10.17

U-KISSが14枚目のシングル『FLY』をリリース! 4月にケビンが卒業して以降、5人体制で挑むはじめてのシングルは苦しいことを乗り越えて前に進もうというメッセージが込められている。楽曲、そしてリ...


ランキング