佐世保バーガー広めた“地域おこしの達人”が地方にこだわる理由

投稿日: 2014年09月13日 06:00 JST

日の当たらないものに注目を集める面白さにとりつかれ会社を起こしたが、それは周りが「自殺行為」というほどの苦行の始まりだった。「情報はタダ」とお金を払わない業者。よその魅力を伝えるむずかしさ。それでも殿村さんは衰退する地方の“宝物”を掘り起こすため、今日も日本中を飛び回っているーー。

 

地域おこしの達人として今やひっぱりだこである殿村美樹さん(53)。現在、PR会社「TMオフィス」の代表取締役としてスタッフ20人を率いる。PR業とは、商品やイベント、新規にオープンした施設などの情報をマスコミにとりあげてもらえるよう働きかける仕事だ。

 

しかし、殿村さんはその枠に収まらない。地方に眠っているお宝を発掘し、ブームになるよう仕掛けをつくる。手がけた案件はこれまで2千500件。「佐世保バーガー」「ひこにゃん」「うどん県」など誰もが知っている全国的なムーブメントを巻き起こしている。

 

’93年に佐世保市から観光PRの仕事を引き受けた殿村さんは、佐世保バーガーをPRしようと提案。だが、米軍基地の兵士の奥さんが家庭の軒先で売っているハンバーガーは、市民が気軽に食べるものだった。あまりに日常に溶け込んでいたため、当初、役所の反応は今ひとつだった。

 

「日本の日常に溶け込んでいる本場もののハンバーガーって面白いじゃないですか。そこで私はハウステンボスとの合同PR『アメリカとヨーロッパを一緒に楽しむ佐世保の旅』を提案。取材に来てくれたテレビ番組のディレクターに佐世保のハンバーガーを売り込んだんです」(殿村さん・以下同)

 

この番組がキッカケとなり、巨大な佐世保バーガーは全国にその名を知られるようになる。殿村さんにとって地域のお宝発掘の出発点となった。

 

’61年、殿村さんは画家の長女として京都府宇治市に生まれた。父親より13歳年下の母親は父の絵のモデル。妹との4人家族だった。幼少期は父親が京都新聞社賞を受賞するなど羽振りがよかったが、その後は売れない日が続き、母親が祗園へホステスとして勤めることに。小学5年生の夏、母親が家を出る。妻の出奔に意気消沈した父親は絵を描く気力を失い、生活にも事欠くようになる。

 

殿村さんは、家計を支えるため高校時代からバイトをかけ持ちし、奨学金で大学に進学。卒業後、首尾よく大手広告代理店に入社。その翌年には結婚し、ほどなく子会社のPR会社に転勤する。このPRという仕事との出合いが彼女の人生を大きく変えることに。

 

しかし、新しく来た上司と考えが合わず、3年目の’89年に会社を飛び出してしまう。バブル全盛期だったことが幸いし、フリーで仕事をする殿村さんにも、大手企業からのPRの依頼は途切れなかった。がむしゃらに仕事に打ち込んだこともあり、業況は順調に推移。30歳だった’92年1月に法人設立の運びとなる。

 

香川県から受けた観光PRの仕事は、殿村さんが自らの手法により自信を深めるものとなった。初めて地元を訪れたのは’98年春。担当課長が連れていってくれたのが、地元に住む人だけのための、台所のようなセルフうどん店。これがのちの「うどん県」に発展する大きな成功体験となる。

 

「田んぼのど真ん中にまるでうどん店が散らばっているような場所は見たことがありません。これをPRしたいと言うと、地元タウン誌が作った『恐るべきさぬきうどん』という本を手渡してくれました。早速、プレスリリースを制作。50社ほどの新聞が集中的に報道してくださり、記事を読んだテレビ番組がやってきた。田園のなかにポツンとある小さなうどん店を紹介したところ、火がついたんです」

 

地方PRの事業も軌道に乗ったと感じていた’04年、43歳になった殿村さんの人生に激震が起こった。18年間連れ添った夫と別居することになったのだ。その2年後に離婚。その心労からか卵巣嚢腫を発病する。

 

「簡単な手術だから1週間ほどで退院できると言われていました。ところが6日目に傷口から血が漏れている。大勢のドクターが走り込んできて、そのまま緊急手術。6時間の手術の後に目が覚めると人工肛門がついていました」

 

研修医に施術をさせたところ、誤って大腸を傷つけてしまい壊死していたのだという。明らかな医療ミスだが、病院側は非を認めようとしない。

 

「1カ月後に退院しましたが、人工肛門はつけたまま。藁にもすがる思いでたどりついたのが奈良県にある健生会土庫病院の稲次直樹先生でした。『大丈夫、僕が治します』と言って再手術してくださったんです。ところが開腹すると、腸は癒着だらけ。剥離するため懸命に努力してくれたのですが、今度は腸液を外に出すための管をつけることになったんです」

 

発病から9カ月で8回の手術を乗り切った殿村さん。’05年に退院後は、全国の自治体から押し寄せるPRの依頼にその地方に合わせた手法を丁寧に一から考え、地方の魅力発掘に邁進してきた。

 

「広告との違いもわかってもらえず、苦労は絶えません。でも私はPRの可能性を信じています。地域で長年名産を作っていた寡黙なおばあちゃん。マスコミが殺到すると、次の日から紅を引くように。地方は基本的には豊かだと思いますが、忘れられるのはつらい。PRは空気を変える。人を変え、その結果、周りの見る目を変えることができる」

 

力がありながらも存在を知られることなく咲く花が、地方にはある、と殿村さんは確信している。

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