学んだことは「強さ」――。北海道でオオカミと暮らす夫婦

投稿日: 2015年10月22日 06:00 JST

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北海道東部の根室中標津空港から車を走らせること30分。川上郡標茶町虹別の最北端、標高799メートルの西別岳へと続くナラの原生林の麓に、「オオカミの森」はあった。

 

桑原康生さん(53)・八重子さん(55)夫妻が、オオカミと共に暮らす森だ。民間で生態系を学ぶ教室をしながら、オオカミを飼育するのは日本では桑原さん夫妻だけ。

 

厩舎を通り越し、猛禽類や犬舎が並ぶ道をまっすぐに進んだ敷地の正面に、4つのゲージが並んでいた。いちばん右のゲージから鋭い目が4つ。モンゴルオオカミのブルトーとゼブだ。隣のゲージには、真っ白な毛の1頭が横たわっていた。ホッキョクオオカミの雄で名前はチビ、15歳。昨年12月とこの夏、死にかけた。

 

桑原さんはここで「オオカミの自然教室」を開いている。明治時代、人間の手で絶滅に追いやられたオオカミの視点で、自然環境を考えようというセミナーだ。

 

8月、横浜と長野から2家族がキャンピングカーでやってきて、自然教室に参加していた。7,000坪の敷地の一部に3.5メートルの高さの金網を張りめぐらし、オオカミが自由に遊べるスペースがある。その中にセミナーハウスを建て、人間はハウス2階のベランダや1階のガラス窓から、ありのままのオオカミを観察できる。

 

八重子さんが遠吠えに似た声をあげると、檻から出されたゼブとブルトーが、桑原さんにまとわりつきながらハウスのそばまで駆けてきた。1頭約30キロ。疾走する姿に重量感があり、その躍動感にはドキドキする。

 

「あっ、オオカミだ!」

 

歓声をあげる子どもたちに桑原さんは、何度も何度も同じ言葉を繰り返した。

 

「オオカミは人を怖がるのでお静かに。大きな声や動作は控えてくださいね」

 

桑原さんが近寄ってきたゼブを抱き上げた。後脚で立ち上がったゼブは、桑原さんとほとんど同じ背の高さ。尻尾を振る全身から、喜びが伝わってくる。桑原さんの顔をべろべろなめた。

 

「わぁ、すごい。オオカミを抱っこしてる」「大きい!」

 

見ていた子どもたちの目もキラキラと輝く。

 

「この子たちは、世界のオオカミで言うと中の小の大きさです。知ってるかな。日本にも、オオカミはいたんだよ」

 

アメリカ・ロッキー山脈の麓にあるイエローストーンのスライドを見ながら、子どもたちはエルク(シカの一種)の巨大な角を持ち上げた。

 

「このいちばん下の鋭い角がケンカ角です。'26年までにイエローストーンのオオカミは絶滅させられ、その後、こんなでかい角を持ったエルクが増えすぎて、生態系が崩れてしまった。そこで'95年、カナダからオオカミを再導入。それがうまくいったんです」

 

難しい話になっても、オオカミをその目で見、息づかいを感じた子どもたちは、桑原さんの講義に集中している。

 

「イエローストーンではオオカミが目撃できますが、たいていは1キロも離れた距離にいます。なぜかわかる?」

 

女のコが答えた。

 

「人間が怖いから?」

 

「そう、大正解。基本的にオオカミは人を怖がります」

 

次に、オオカミが子ジカを倒す光景が映し出された。

 

「オオカミは弱いシカを狩ります。老齢、歯周病のシカなどです。病気のシカを見分ける目安が歯周病。強いシカは、本気で走ったら負けない自信があるから、すぐに逃げない。すぐ逃げ出す弱いシカを捕まえるんです。オオカミが弱いシカを狩ることで、シカの世界には、より強いものが残ることになるんです」

 

桑原さんはグルッと参加者の顔を見回して言った。

 

「人間のハンターは、なるべく大きくて角のデカイのを捕りたがる。自然にとってはどっちがいいと思う?」

 

「オオカミのハンター!」

 

「そう、そうだね」

 

熱い講義は、気がつけば3時間も続いていた――。

 

チビは'00年5月、ここで生まれた最後のオオカミだ。当時ここには20頭ものオオカミがいた。桑原さんが、オオカミの繁殖を止めたのは、50代になるころから、自分とオオカミの将来を見据えたからだ。体当たりで心身両面のしつけができなければ、オオカミのリーダーは務まらない。

 

9月後半、チビの訃報が届いた。20頭前後の巨大な群れだったオオカミたちも、モンゴルオオカミの2頭だけになった。桑原さんは言う。

 

「子どもたちには、動物番組では伝えきれないことを、伝えてきたという自負はあります。でも、ゼブやブルトーがいなくなったら、店じまい。1つは後継者がいないこと。もう1つは、ほかの人に任せたとき、生態系を取り戻すという目的もなく、オオカミをただ飼うことに、やっぱり抵抗があるからです」

 

複雜な思いもある。桑原さんが長年訴え続ける「再導入によるオオカミの野生復帰」はいまだ糸口さえつかめない。環境省トップも、生態系に詳しいはずの大学教授も真っ向から反対する。

 

「引き合いに出されるのがハブ退治のため沖縄に放されたマングースの失敗例。でも、日本にいなかった外来種のマングースと、もともと日本にいたオオカミの再導入では、次元が違う。絶滅危惧種のライチョウが、オオカミに食われるという専門家もいますが、ライチョウの減少は、増えすぎたシカが、その生活圏を奪いつつあるから。個別に種を見るのではなく全体を見ないとダメ。すべてが結びついているのが生態系なんです」

 

しかし、桑原さんの声は届かない。シカが異常繁殖し、林も草木も食い荒らされ、森は痩せ、木の実もなく、エサを失ったヒグマが里に下りてきては人間に殺される――。

 

でも、自分の人生に後悔はないという。北海道に越してきた当初の、まだ、りっぱな檻もないときのこと。真冬の猛吹雪のなか、オオカミたちが身を寄せ合って、知床から吹きつける強い寒風にじっと、ひたすら耐えていた。

 

「その姿に感動したのを覚えています。オオカミから学んだことは『強さ』です」

 

オオカミの森には早くも冬が近づいていた。オオカミたちが待ちに待った、雪に閉ざされた美しい季節が――。

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