小山内美江子語る海外支援秘話 「上戸彩も多額の寄付を…」

投稿日: 2016年12月01日 17:00 JST

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「私がカンボジアに学校をつくろうと思ったきっかけは、20年を超す内戦を経て’91年にパリで結ばれた、カンボジア和平協定です。カンボジアに入れたのは翌年でしたが、焼け残ったホテルの窓から外を見ると、日本なら、子どもたちがランドセルを揺らして学校に行く時間にその姿がない。ポル・ポト(内戦時のカンボジアの指導者)によって、先生の8割が虐殺されたり、海外に逃げていたから。そこで、とにかく教育だ。学校をつくろうと思いました。教育は人をつくる??すなわち、国の礎ですから」

 

そう語るのは、脚本家の小山内美江子さん(86)。映画のスクリプターを経て’62年、脚本家としてデビューした小山内さん。代表作には『3年B組金八先生』シリーズ(TBS系)、NHK連続テレビ小説『マー姉ちゃん』、同局大河ドラマ『徳川家康』『翔ぶが如く』など多数。私生活では25歳で結婚して32歳で離婚。シングルマザーとして一人息子(俳優で監督の利重剛)を育て上げた。

 

そんな小山内さんが初めて海外ボランティアを経験したのは’90年、湾岸危機が勃発した後のヨルダン難民キャンプ。その後、活動の拠点をカンボジアに移し、’93年、「カンボジアのこどもに学校をつくる会」(’97年に「JHP・学校をつくる会」に改称)を設立して現在も代表理事を務めている。

 

「学校は、華々しく贈呈式をやって『おしまい』ではなくて、できたあとの管理や運営がとても大事なの。そのサポートをするために、『JHP・学校をつくる会』には、日本人駐在員のほかに10人のローカルスタッフがいます。彼らは、ボランティアではなく給料制。そのぶんも稼がないといけないから、私たちはたいへんなんです(笑)」

 

学校をつくり始めた当初は300万円あれば5教室=1校をつくることができた。それが、国が復興するとともに物価が上昇し、いまでは1校につき700万円近くかかるという。

 

「活動を始めた当時は『金八先生』の脚本料が入ったし、現金もそれなりにありましたけど、700万円という金額は、いまの私にはちょっときつい。だから、私が自腹を切るだけでなく、みなさんからの会費や――いい話なのでお話ししますが、旧友の吉行和子さんや、上戸彩(『3年B組金八先生』第6シリーズに出演=当時15)はポンと大金を寄付してくれました。こうしたみなさんのご支援もあって、私たちの活動は成り立っているんです」

 

小山内さんたちは、’93年からこれまでカンボジアに350棟を超える学校と1棟の児童養護施設を建設(後者は運営も)。ネパールには9棟の学校をつくってきた。さらに、カンボジアでは教師を養成する師範学校も建設。日本の子どもたちから寄付してもらった楽器(ピアニカ)を毎年船で送り、協力してくれる講師も派遣して「ドレミ」から音楽の教育にもあたるなど幅広い支援活動を続けている。

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