「上田紬」女性工芸士が海外で気づいた民族衣装の素晴らしさ

投稿日: 2017年08月04日 11:00 JST

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「祖母が私の大胆な紬を見たら、びっくりしちゃうかもしれませんね。でも祖母も、昔は使わなかった鮮やかな朱や青の糸を取り入れて革新的な紬を作った人で、きっと応援してくれていると思いますよ」

 

山々に囲まれ、千曲川の流れる長野県上田市の塩尻地区。蚕室造りの家々の並ぶ旧北国街道沿いに立つ織元「小岩井紬工房」。小岩井カリナさん(45)は、32歳から機織りに向かいはじめ、現在は伝統工芸士として活躍している。

 

およそ400年の伝統を誇る上田紬は、江戸時代には大島紬や結城紬と並ぶ日本三大紬として、「上田縞」の通り名で人気を博していた。その後、機械織りなどに押されて下火に。そんな上田紬の復興とブランド化に尽力した一人が、カリナさんの亡き祖母、小岩井雅代さんだった。昭和30〜40年代、ふたたび上田紬は全国的なブームとなった。

 

「当時の私には、着物はただただ疎ましい存在でしたね」(カリナさん)

 

つねに人の目のある紬工房のお嬢さんという狭い現実から、もっと広い世界に飛び出したかったのである。

 

「家族や工房の皆さんに大切に育ててもらったと感謝しているんです。でも、どんどん窮屈に感じられて、それこそ繭玉に包まれている感覚でした。それも、自分で吐いた糸でできた繭じゃない。とにかく、ここじゃないどこかに、私の本当に生きる場所があるはずだと思っていた。繭を破って出て行きたかった」(カリナさん)

 

大学進学を機に、カリナさんは上京。大学卒業後、舞台女優を目指した。アルバイト生活のかたわら、24歳の春、前進座の養成所に入所。昭和6年創立の、由緒ある劇団である。1年後、カリナさんは同期15人中3人の合格者の1人となった。見事、座員として迎えられたのだ。

 

しかし、役者の世界は甘いものではなかったのである。とにかく先輩たちから叱られどおしだった。期待と現実のギャップに悩み、思い悩んだ末、’04年1月、31歳にして前進座を退団。身も心もボロボロだった。そこでカリナさんは思い切った行動に出た。先のことはまったく未定のまま、アイルランドへ。

 

「とにかく日本から遠い、知らない世界に行きたかったんです。すべてをリセットして、自分を見つめ直したかった」(カリナさん)

 

語学学校に通いながら、ホームステイを3カ月。この旅がカリナさんを変えた。

 

「パブにもよく行きました。そこでは地元の人たちがすごく普通に伝統的な衣装を着て、飲んで踊って自由に楽しんでいるんですね。伝統的な民族衣装といっても少しも堅苦しくなくて、楽しくて、なんて豊かな日常だろうって」(カリナさん)

 

そこで初めて気がついた。

 

「私、なんでもっと着物を楽しんでこなかったんだろうって。前進座では毎日着物を着ていて、しかも私の家は機織り工房だっていうのに」(カリナさん)

 

帰国したカリナさんは、真っすぐに上田に向かった。かつてあれほど飛び出したかった紬工房に帰ったのである。

 

「愕然としました。活気がまったく失われていたんです」(カリナさん)

 

仕事が減っていることは知っていた。それにしても、あれほど大勢いた職人はほとんどやめていて、薄暗い座敷には売れ残りの反物がうずたかく積まれている。さらにカリナさんの帰宅1週間後、工房を支えてきた祖父が倒れた。

 

「入院した祖父を見舞いながら、家に戻ろう、紬をやろうって。工房で受け継がれてきたものが、誰かが引き継がなければなくなってしまうという危機感と、それを守る責任を強く感じました」(カリナさん)

 

時を同じくして、ドイツの和食店で働いていた弟・良馬さん(42)も実家に戻ってきていた。2人で工房をもり立てていこうと話し合い、両親にそのことを伝えた。

 

「とにかく、できることから始めようと思いました。まずは仕事を覚えることから」(カリナさん)

 

祖母の代から働いている職人の女性たちに教わることから奮闘は始まった。片っ端からメモを取り、写真を撮り、ときには動画も撮って、紬のあらゆる工程を覚えていったのである。最初は花瓶敷きなど小さなものからはじめ、やがて自分でデザインを考案してコツコツと作りはじめたという。

 

「それがすごく楽しいんです。自分の手のなかで、柄が出来上がっていくのが面白くて」(カリナさん)

 

工房に戻って10カ月後だった。ふらりと入ってきた男性が、カリナさんの練習代わりに織っていたカラフルな反物を見て、「とってもいいね。あなたの名前で作ったものは全部買い取るから、好きな値段を付けてください」と言った。京都・宇治の元卸問屋「しるべ」の代表、山田標件さんだった。いまも取引のある山田さんは、この日のことをよく覚えている。

 

「一目で気に入りましてね。見たこともない明るい色味なんだけど上手にまとめて、ちゃんと紬になっている。普通の感性ではこれは作れない、この人はいい反物を作れると直感したんです」(山田さん)

 

突然の朗報に、小岩井家は喜びに沸いた。

 

「職人を続ける糸口を見つけたーー、そんな気持ちでした」(カリナさん)

 

3年ほど後、長野市で開催された紬展を訪れると、初めて「小岩井カリナ」の名前で織り上げた反物も展示されていた。カリナさんが懐かしく眺めていたときである。女性3世代の客が足を止めた。

 

「おばあちゃんが私の反物をお孫さんの胸元に合わせて、なんとその場で買ってくださったんです。明るい色味の紬が、10代のお孫さんに本当によくお似合いだったんですよ。思わず、『これ、私が最初に作った着物なんです』と声をかけてしまいました。『まあ、あなたが!』と、忘れられない出会いです。すごくうれしかったですね」(カリナさん)

 

昨年、小岩井紬工房の代表を務める弟・良馬さんとともに、伝統工芸士として認定を受けるまでになったカリナさん。今年6月には、福岡市で開催された「第21回・女性伝統工芸士展」に初参加。工房は低迷期を脱し、売り上げも伸びている。

 

当初から現在に至るまで、紬と向き合うカリナさんには一貫したこだわりがある。

 

「たまにしか着物を着ない時代だけになおのこと、着る人が楽しい気持ちになるものを作っていきたいんです。自然と色も明るめで、柄も大胆なものが多くなります」(カリナさん)

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