未来をノートに託して…白血病で逝った20歳女性の壮絶闘病

投稿日: 2017年10月21日 06:00 JST

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1冊の赤い表紙のノートがある。イタリアの人気文具メーカー「モレスキン」の手帳を思わせるゴムバンド付きのオシャレなノートだ。開くと、読みやすく、やわらかな文字が箇条書きに並んでいた。

 

・横浜に行くこと。

・ママの手作りアイスクリームを食べる。

・21歳のお祝いをみんなでする。

 

このノートに、金澤里菜さんは、やりたいこと、食べたいもの、行きたい場所などを家族といっしょに書いてきた。決して遠い夢ではない。かなったことは、1つずつ二重線で消していく。8ページにわたって、ビッシリ書かれた項目のうち、ここに挙げた最初の2つは消されていたが、3番目の項目はそのままだった。

 

――4月26日、里菜さんは21歳を迎える前に旅立った。小児白血病だった。「もう、里菜さんには本当に時間がない」と主治医から告げられた夜、母・麻紀さん(48)は、「家族が後悔しないように、自分の思いをノートにまとめようか」と、赤いノートを里菜さんの前にそっと置いた。母の提案に、里菜さんは目を輝かせたという。

 

「ノートを作ると決めたとき、里菜はすごく喜んだんです。『自分が死んだ後のことをずっと伝えたかった』と、言っていました」(麻紀さん)

 

ノートの表側からは、家族でやりたいことが書かれているが、裏表紙をめくると、里菜さんが意思疎通できなくなったとき、そして、死んだ後にしてほしいことが、書かれている。「未来ノート」と名付けられた赤いノートは、食卓に置かれ、家族の誰もが自由に書き入れたり、見られるようになっていた。口に出しては言えないこと。それでも家族には伝えたいことを、里菜さんは「未来ノート」につづっていた。

 

未来ノートについて、里菜さんは朝日新聞に投稿している。「ひととき」欄(2月14日付)に掲載された投稿は、こう締めくくられていた。

 

《楽しい話も、悲しい話も、逃げずに家族と真剣に話し合うことが大切だと思います。ノートのおかげで我が家は笑えます。(中略)私の生きる力になっています》

 

里菜さんは女ばかり3人家族の長女だ。’96年5月7日、千葉県船橋市で生まれ、2歳下に妹がいる。母・麻紀さんは、里菜さんが小3のころに離婚。女手一つで、娘2人を育ててきた。

 

「99.9%の確率で小児白血病と思われます」。自宅近くの病院の医師は、麻紀さんだけを診察室に呼び、そう告げた。思いもよらない病名だった。’11年6月9日。里菜さんは15歳。中学3年生だった。その足で、紹介された千葉県こども病院へ向かい、即日入院。こども病院の方針で、里菜さんは、主治医と1対1で白血病の告知を受けている。入院は半年から1年。

 

「告知を受けて、里菜は泣いていました。でも病気になったことより、中学3年間、頑張ってきたバレーボールの最後の大会に出られない、楽しみにしていた修学旅行も行けないという事実がわかって泣いていたという感じです。でもそこからが里菜の切り替えのすごいところ。いっとき泣いた後は、元気なんですよ。入院病棟に入ったころには、『泣いたって騒いだって(病院を)出られるわけじゃない。だったら治そうか』と気持ちを切り替えていました」(麻紀さん)

 

すぐに輸血と抗がん剤治療が始まった。「分類不能型白血病」という診断が出たのは、入院して3カ月たったころだ。小児白血病には、急性リンパ性、急性骨髄性、慢性骨髄性の3つの型があるが、里菜さんの場合は精密検査でも型が判明しないきわめてまれなケースだった。

 

「抗がん剤治療とともに骨髄移植もしなければ助からないと言われて……。でも、逆に、移植すれば治る。そんな希望が持てたんです」(麻紀さん)

 

妹から骨髄提供を受け、里菜さんの病状は一気に改善する。中3の2月に退院し、中学の卒業式に間に合った。

 

退院したとはいえ、完治したわけではない。里菜さんは、数値的に白血病細胞が確認できなくなった“寛解”の状態だった。免疫力が落ちているため感染リスクは常につきまとい、再発の可能性もある。進学先を決めるとき、「病いを抱えた生徒を受け入れた前例がない」と、入学を拒む高校が相次いだ。

 

進学したのは、車で10分ほどの距離にある私立秀明八千代高校だった。里菜さんは、高校生活に邁進していった。高1の10月には1カ月間、イギリス留学にも行っている。麻紀さんとしては「生き急いでいるの?」と思うほど、里菜さんは、青春の日々を全力で過ごしていた。

 

ところが――。高2の6月ころから里菜さんの体調が悪化。白血病の再発だった。2度目の移植手術は、‘14年3月。今度はドナーバンクを利用し、寛解している。高校3年の夏を過ぎたころ、退院すると、里菜さんはさらにパワフルになった。あれもやりたい、これもやりたいと、駅前にあるファミレスの厨房でバイトを始めた。

 

里菜さんは高校卒業後は、管理栄養士を目指して、華学園栄養専門学校に入学。しかし、夏が終わり、9月になると嘔吐が止まらなくなり、再び入院。移植後の長期的副作用が疑われたが、11月6日の血液検査で、2度目の再発だとわかった。告知は、母娘一緒に受けた。その後、検査の処置を受ける里菜さんを残して、診察室を出た麻紀さんに主治医は「3度目の移植はできないんです。これ以上は里菜さんの体がもたない」と告げた。

 

未来ノートを始めたのは今年の1月から。里菜さんは、未来ノートの真ん中のページに、力強くこう書いている。

 

《新薬ができる。病気とともに生きる》

 

里菜さんが静かに息を引き取ったのは、4月26日の朝だった――。

 

金澤家のリビングには、シンプルでオシャレな白木の仏壇が、開放的な木目調のラックに納められている。仏壇は、扉が閉じないオシャレ仏壇がいい、お葬式にきてほしい人たち、その人たちに伝えるための連絡網……。里菜さんは、未来ノートにこと細かに書き残していた。

 

「だから、私たちに戸惑いはありませんでした。里菜のためにと始めた未来ノートでしたが、結局、残された家族のためのものだったんですよね」(麻紀さん)

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