稀勢の里に囁かれる部屋創設計画、“角界の母”も後押しか

投稿日: 2017年07月19日 06:00 JST

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「相撲がとれる状態じゃない」

 

すでに痛めていた左大胸筋に加え、左足首も負傷し休場した横綱・稀勢の里(31)。名古屋場所に強行出場した姿には、横綱の責任を果たすという悲壮感さえ漂っていた。

 

「どこかが痛くても土俵に上がるのが相撲道」というのが、稀勢の里が入門したときの師匠である故・13代目鳴門親方(元横綱・隆の里)の教えである。亡き師匠の教えを愚直に守り、強行出場した結果の再度の負傷だった。

 

本来、名古屋場所の休場を勧める立場にあったのが、現親方の田子ノ浦親方(41・元隆の鶴)なのだが……。

 

「今の親方は現役時代の最高位が前頭八枚目。横綱に上り詰めた稀勢の里には遠慮がある。稀勢の里自身も、親方のことを感覚的には先輩力士の一人ぐらいにしか思っていません」(相撲協会関係者)

 

実は田子ノ浦部屋ができた経緯にも複雑なものがあった。

 

「鳴門親方は生前『この部屋を将来継ぐのは、若の里(元関脇)だ』と言っていました。ところが、11年に鳴門親方が突然亡くなってしまいます。だが、若の里は現役続行を選ぶ。そこで、すでに引退していた隆の鶴が鳴門親方となります。だがそれに納得しなかったのが、13代目の未亡人の典子さんです。結局、鳴門の名跡は使えなくなり、隆の鶴は田子ノ浦に名跡変更することになりました」(田子ノ浦部屋の関係者)

 

千葉県にあった鳴門部屋の施設は典子さんの所有。田子ノ浦部屋は東京・小岩への転居を余儀なくされる。当時、大関だった稀勢の里も、田子の浦部屋の所属力士として付き従った。

 

「元日本航空のキャビンアテンダントだった典子さんは、13代目鳴門親方に負けず劣らず、厳しい人です。掃除の仕方から、ちゃんこの作り方まで、15歳で入門した稀勢の里に厳しく指導しました。相撲のとり方を鳴門親方から習ったとすれば、生活の仕方は典子さんからです。そんな厳しい“母”を稀勢の里は慕っていました。母の日にケーキをプレゼントしたとき、典子さんは目を細めて喜んでいましたね。稀勢の里のことは、今でも息子のように思っているはずです」(前出・田子ノ浦部屋の関係者)

 

今は使っていないが、旧鳴門部屋の建物はそのままだ。

 

「鳴門の名跡こそ、元大関・琴欧洲が継承しましたが、旧鳴門部屋の稽古場は残してあります。稀勢の里は引退後、『相撲道』を教えてくれた師匠の恩に報い、その教えを継承する部屋を創設するはずです。典子さんは、いずれ稀勢の里が部屋を興すときに、戻ってきてほしいと考え、残したのではないでしょうか」(後援会関係者)

 

「師匠の教えに従い限界まで相撲を取るはず」(前出・後援会関係者)という稀勢の里。まだまだ相撲道は続いていく。

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