中畑清「愛してるよ」がん闘病死妻と交わした”最後の会話”

投稿日: 2012年12月17日 07:00 JST

 

中畑清「愛してるよ」がん闘病死妻と交わした”最後の会話”

「昨日の夜からやってるから、だいぶよくなったよな。ほら、俺がこうしてると絶対にかあちゃんは治る。『現金出すな、元気出せ』ってな。今日から俺が、泊まりこみでずっと一緒にいてやるからな、母ちゃん。もうどこにもいかないから、安心してくれよ」

 

東京大学医学部付属病院の病室で、そう語りかけるのは横浜DeNAベイスターズ監督・中畑清さん(58)。かたわらにいるのは、妻・仁美さんだ。

 

12510カ月に及ぶ子宮頸がん闘病の末、亡くなった仁美さん。享年59。清さんは36年間、身の回りの世話すべてをしてもらってきた恩返しをするかのように、すべての仕事をキャンセルして、一時も離れず仁美さんに寄り添っていた。

 

「トイレ」という声にすかさず反応する清さん。個室内のトイレまで、車椅子に乗せて連れて行く。ドアが閉められると、すこしして中から、清さんの嬉しそうな声が聞こえた。「すごいな、かあちゃん、自分で座れるじゃないか」

 

本当に最後の力を振り絞っている仁美さんは、結婚生活で初めて夫に“甘えて“いた。「腰が痛い」「脚をもんで」「枕の位置を変えて」「ジュース飲みたい」「お父ちゃん!まだ死にたくない――

 

1128日の夜、仁美さんの病状を知りながら報道を控えていたスポーツ紙の担当記者たちは、清さんをねぎらおうと、病室から『ホルモン家族』に連れ出した。焼酎ボトルが1本開いたころ、清さんが突然うつむくと、目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

 

「……なんでおかあちゃんがこんな目にあわなきゃいけないんだ。おれのおかあちゃんが一体、何を悪いことしたっていうんだよ。『死ぬときは俺が先で――』って、約束してたんだよ。俺、かあちゃんがいなくなったら、どうすりゃいいんだよ……」

 

記者たちは何も言えず、みなのすすり泣きだけが、店内に響いていた。

 

12月に入り「34日がヤマでしょう」と医師に言われ、3日にはほとんど会話できなくなったが、4日になると奇跡的に持ち直した。清さんは耳元で語りかけた。「かあちゃん、愛してるよ」

 

すると、前日には発することができなかった言葉が仁美さんの口から出た。「あ・い・し・て・る」それが最後の会話になった。翌5日、朝から意識のなかった仁美さんは午後65分、家族と関係者に見守られながら、眠るように安らかに、息を引き取った。

 

清さんはその夜、真っ赤に泣きはらした目で言った。「本当によく頑張ったんだよ、かあちゃん。『もうダメだ』と思ったときからあれだけ頑張りを見せてくれたんだから」

 

 

【関連記事】

中畑清 極秘がん闘病妻と祝った「病室での誕生パーティ」

肺がん「ステージ4の生存率高い」全国がんセンターTOP3
子宮頸がん「ステージ4の生存率高い」全国がんセンターTOP3

この記事が気に入ったら
いいね!/ フォロ− しよう

WEB女性自身の最新の情報をお届けします。

あなたにオススメ

【注目アイテム】
「メスを使わない美容整形」コルギのパワーを自宅で!!
ジェニファー・ロペス、カイリー・ミノーグが「約20歳年下彼氏」を手に入れたワケ!
45歳、奇跡の美乳・原志保さんのボディを作るヒミツのグッズ公開!!
着るだけで、エステの効果がインナーに!!
可愛い47歳! 元CA佐藤亮子さんの大人気トラベルブランド

コラム・連載

もっと見る

女性自身チャンネル

もっと見る

スヒョン入隊前の心境を吐露!U-KISSみんなで乗り越える新曲2017.10.17

U-KISSが14枚目のシングル『FLY』をリリース! 4月にケビンが卒業して以降、5人体制で挑むはじめてのシングルは苦しいことを乗り越えて前に進もうというメッセージが込められている。楽曲、そしてリ...


ランキング