「’04年アテネ五輪の日本代表だったとき、彼が僕の投球を見て『どうやって投げるの』と聞いてきたので、握りと投げ方を教えた。ただそれだけです。教えたなんて、とんでもない」

 

そう語るのは、当時ロッテの守護神だった小林雅英(40・現ロッテ投手コーチ)だ。小林が武器としていたのは150キロ超の“高速シュート”だった。

 

「当時はツーシームではなくシュートと呼んでいました。一般的にシュートと呼ばれる球は手首を捻って投げることが多い。でも僕の投げ方はストレートと同じ。リリースのとき人差し指を押す感じでシュート回転する。僕のシュートは球速があったので、少しだけ動いてくれればバットの芯を外して打ち取れた。空振りや見逃し狙いではなく、打たせて取るボールでした」

 

投げることが難しい球種ではないが、簡単に操れる球ではないという。

 

「同じように投げても投手それぞれの個性があり変化の仕方が違う。安定した軌道、変化で投げられない投手もいる。だから僕が黒田に教えたといっても、それですぐ自分のボールにしたわけではなく、そこから彼なりの研究を相当に重ねているはず。だからあれだけの実績を残してこられたんです。フロントドアと呼ばれる左打者に対しての使い方ですが、これはメジャーでほかの投手のピッチングを研究したものでしょう。日本ではほとんど見ない使い方です。ただ、マダックスなんかは普通に投げていましたけどね」

 

黒田はもともとストレート主体でバッターを追い込み、三振を取るパワータイプの投手だった。しかしメジャーではツーシームをメインに“打たせて取る”スタイルにチェンジした。

 

「僕がツーシームを使い出したのは社会人時代。当時は金属バットが使えたので、少し甘いコースへいくと簡単に持っていかれてしまう。そこでこの球を身につけた。黒田の場合も同じで、パワーのあるメジャーのバッターに対抗するため、ツーシームを徹底的に磨いたはずです。また、先発は日本より投球間隔が短いこともあり、少しでも球数を減らす目的もあったと思います。三振を狙うより、1球で結果(アウト)の出るツーシームを使ったほうが球数は少なくなり、体への負担は小さくなる。それが“ストライクゾーンで勝負できる球”ツーシームなんです」

 

厳しい環境で生き残るために――2人の適応力が、各々の魔球=ツーシームを磨き上げたのである。

 

(週刊FLASH4月28日号)