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第92回箱根駅伝の勝者は、戦前の予想どうり、圧巻の激走で連覇を果たした青山学院大学。スタートの1区から一度もトップを譲らない完全Vは、39年ぶり、史上6校めの快挙であった。

 

青学大の象徴でもある“山の神”神野大地は、中学時代は野球で汗を流した。

 

「野球はクラブチームだったので、部活動は陸上部に入りましたが、掛け持ちのため陸上の大会には出られなかったんです。それでも、練習では楽しそうに走っていたのを思い出します。

 

印象的だったのは、とにかく小柄だったこと。入学時は体重が29キロで、今なら小4と同じぐらい。それでも元気でクラスの人気者でした」(愛知・神守中時代に国語を担当した河村佳子先生)

 

元気印は幼少時から。神野の祖母で、大相撲ファンには有名な“白鷺の姉御”こと、磯部安江さんが振り返る。

 

「3歳のときにディズニーランドに連れていったんですが、借りた乳母車にいっこうに乗ろうとしない。楽しくてしょうがなかったのでしょう。もう走りまわって、私のほうがクタクタになりましたよ(笑)」

 

神野は幼いころからおばあちゃん子。中京大中京高で、本格的に陸上を始めてもそれは変わらず。大会後には、必ず電話をかけてきたという。

 

 「私が大地につねに言っていたことは、『物事は一生懸命やれば報われる』『努力を惜しまない』ということです。あの子もよく理解してくれていて、サインには、『努力は裏切らない』と書いてくれています」

 

昨年の衝撃的な走りで、一躍時の人となったが、その後は疲労骨折が2回と、満足のいくシーズンではなかった。

 

「あの子はネガティブなことは、いっさい言ったことがなかったんです。でも、昨年8月13日に食事したとき、初めて『あ〜ちゃん(安江さんのこと)、無理はしないけども……。出雲駅伝は走れないし、全日本駅伝も走れないと思う(全日本は出場)。もしかしたら、箱根も走れないかもしれない。

 

走ってケガが悪化すれば、(卒業後に進む)コニカミノルタにも迷惑がかかる。だから走れないかもしれない』と言ってきたんです。私も(涙声で)、『三大駅伝に出れなくても、それでいいんだよ』というのが精いっぱい。初めて弱気な大地を見たんです」

 

それだけに、今回の5区で区間2位の快走も、その雄姿は涙で霞んではっきりと見えなかった。そして、2日の午後2時43分、安江さんの携帯が鳴った。

 

「あ〜ちゃん、やったよ」

「大地、よくやった」

 

わずかな会話。だが、2人にはそれだけで十分だった。“雑草軍団”がつないだ襷(たすき)には、54人の部員はもちろん、多くの人の熱き思いが託されていたのだ。

 

(週刊FLASH 2016年1月19日号)

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