image

耳をつんざくような大ブーイング。「裏切り者!」の怒号さえ飛びかう。2008年4月。広島市民球場は異様な雰囲気に包まれていた。打席には前年、FAで阪神に移籍した新井貴浩(39歳)がいた。

 

「覚えています。ブーイングがすごかったから。忘れることはできない」(新井・以下同)

 

それから7年。新井は、阪神から減額制限を超える1億3000万円ダウンの年俸7000万円の提示を受けた。ならば自由契約も選択できる。他球団のオファーを待った。ただし、「広島だけはない」と思っていた。それだけに、古巣からの声には驚きしかなかった。

 

「球団から『帰って来い』と言ってもらってから、ずっと悩んでいた。嬉しかったが、もう一人の自分に『一回出たんだから、帰っちゃダメだろう』という気持ちもあって。でも、帰ると決断したときは応援してもらえなくても、たとえ罵声を浴びてでもプレーしようと、覚悟を決めて帰ってきました」

 

2015年、最初からフルパワーで臨んだ。開幕戦。新井の最初の打席は7回裏、代打でのことだった。当然、2008年の悪夢が頭をよぎった。だが、マツダスタジアムに駆けつけたファンは、復帰した新井を大声援で迎えた。

 

「戻ってきた自分を大声援で迎え入れてくれた。ブーイングで受けたトラウマよりも、2015年の開幕戦の声援のほうが大きかったし、鳥肌が立ちました」

 

広島復帰を決めてからは、何があってもできることをやろうと決めていた。だが、体が悲鳴を上げるまでには、そう時間はかからなかった。右肘の違和感、下半身の張り。なかでも5月に痛めた左手中指は深刻だった。明らかに、付け根あたりの骨がずれていた。それでも、新井は試合に出続けた。

 

「脱臼に加え、腱がずれて手術が必要でしたが、そうなると2、3カ月野球ができない。痛み止めを打って出ようと。そう考えたのは、『帰って来い』と言ってくれた球団、大声援で迎えてくれたファンの存在がありました」

 

新井の2015年は、打撃3部門すべてで前年を上回り、期待に応えた。2016年も開幕から好調で、2000本安打まであと9本と迫っている。

 

「自分のこととは思えません。入団当初は一軍で一本打てるかどうかも自信がなかったので。客観的にすごいなとは思います(笑)。ただ、僕は野球人生で一度も優勝経験がない。だから2016年は優勝して、ファンの方々に感動をお返ししたいという気持ちだけです」

 

(週刊FLASH2016年5月3日号)

関連タグ: