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連載第21回 アメリカ社会が感じた田中将大「マー君はアーティストである!」

新ポスティングシステムで、楽天イーグルスのマー君こと、田中将大投手がMLBの花形チームであるニューヨーク・ヤンキースに入団しました。いま、そのニュースに全米が沸いています。
ヤンキース前オーナーとして強烈なリーダーシップで君臨したジョージ・スタインブレナー①が健在なりし頃、ユアサは法律家としてではなく、ベースボールを愛するビジネスマンとして、彼から直接ビジネス話をもちかけられたことがありました。それは、スポーツビジネスの更なる安定的発展にもつながる、何十億円という小さい単位の話ではなく、もっと巨額で長期的な投資という正統派の内容でしたが、結局、丁重にお断りしました。
そんなユアサ自身のヤンキースとの深い関係と思い入れを思い出すとともに、マー君の入団を心から祝福したいと思います。

 

今回の原稿では、日米のメディアとは全く違う角度からマー君のヤンキース入団を分析したいと思いますが、ちょっとその前に、契約内容についてコメントします。
最初に驚いたのは、7年という長期にわたる契約期間です。
日本もアメリカもメディアは約161億円ともいわれる金額を、驚きをもって伝えがちですが、契約期間にこそヤンキースのマー君に対する評価の高さが表れています。
〝新人〟投手に、161億円を投資するのと、7年間投資し続けるのと、MLBの球団の立場に立って考えると、どっちが大変なことでしょうか? 弱小球団なら161億円のほうでしょうが、富裕な球団は逆で、長期間投資するほうがガッツを必要とします。この点、さすがヤンキースであると、ユアサはアメリカ的に考えます。

 

一般論として、ケーブルテレビやラジオなど様々なメディア関連の収入に加え、高度な知的所有権法の組み合わせによって、MLBの儲かる球団は、確実に儲かるような仕組みになっています。
様々なマーチャンダイズ(商品)にしても、ヤンキースの膨大な知的権利は、国際的な法や条約はもちろん、アメリカ国内でも著作権法、商標法、不正競争防止法、契約法、ビジネス不法行為法、知的所有権慣習法などに複合的に守られています。さらに目を転じると、インターネット上での知的所有権侵害などの「3倍賠償」など、いわば〝倍返し〟の上を行く法律網も活用でき、利益確保できる安定的システムの中にあります。
ヤンキースは、商業的な収益の角度からも綿密に吟味して、マー君には間違いなくアメリカ国内でも非常に多くのファンを、〝長期間惹きつける〟計算が立つと判断したものと、ユアサは確信します。
7年契約には、マー君の4年後のFA権が盛り込まれている、ともメディアでは伝えられています。マー君の代理人の立場に立てば、7年もの長期契約ですので、年俸水準がその間にさらに上昇した場合に、乗り遅れることがないように契約条項に工夫を盛り込みたいと考えたのでしょう、とユアサ推理。

 

では、日米メディアとは違う側面にユアサは光を照らし、マー君のMLB入りを、2つの角度から論じてみたいと思います。
まず、野球選手としてマー君を大歓迎しようとしているのは、MLBのみならず、アメリカ社会全体なのだ、という観点から話を進めたいと思います。

 

日本のメディアは、しばしば(実はニューヨークではそれほど耳にしない表現ですが)「ニューヨークは人種のるつぼ」であると形容します。
そして、この言葉は、全米の様々なスポーツ界に当てはまります。スポーツは国境も人種も楽々と越えていきますし、プロアスリートは人々の憧れの的だからです。
しかし、ここで押さえておきたいのは、MLB全選手の人種バランスが、アメリカ全体の人種バランスとほぼ重なるという点です。アメリカ国内では社会学的な事実のひとつとして知られていますが、これがMLBを、アメリカを代表する最も典型的なスポーツのひとつにしている、とユアサは分析します。

 

わかりやすく言えば、MLBこそ、アメリカの縮図なのです。
アメリカ社会には、「人を遇する時、夫婦を遇する」という慣習があります。
その例に漏れず、妻の里田まいさんが、連日、アメリカのメディアの大きな話題となっています。タレントとしての仕事の内容から、料理上手であるという個人的な情報までもが、好意をもって伝えられています。
かつて日本人で、スポーツ選手にしろ、政治家にしろ、その伴侶がこれほどまで興味を持たれたことがあったでしょうか?
いまや「マー君&まいさん」の名コンビは、アメリカ社会的にも大きな関心ごとであり、その事実こそがアメリカ社会から受け入れられている証拠であると考えます。

 

第二に、マー君を巡るストーヴリーグ②の過熱ぶりは、一野球選手という枠組みだけでは解明できないレベルであり、MLBはマー君を野球選手としてだけではなく、完璧な〝野球アーティスト〟としても高く評価しているという側面を論じてみたいと思います。
アメリカ社会のマー君の率直な印象を一言で表すと「ゼロ敗の人」になります。
ニューヨーカーでも、人によってはマー君をフルネームで言えますが、インテリでも日本語を苦手とする人たちが、「ゼロ敗の人」と仲間内で会話しているのを、ユアサは何度もウォール街で耳にしました。
はっきり言うと、今回のマー君を巡るストーヴリーグの盛り上がりにいちばん貢献したのは、昨シーズンの実績、24勝0敗です。
ユアサ分析すると、この24勝0敗は、アメリカではアスリートの話に留まらず、野球アーティストともいうべき数の美学を体現しており、芸術の領域に踏み込んだ人物として捉えられているようです。
アメリカ社会の目にマー君は、まるでピカソかベートーベンの再来のように映っているのかもしれません。

 

しかし、マー君を野球アーティストとして認識するには、MLBの側にもその芸術性を受け止める素地がなくてはなりません。
入団決定が明らかになった後で、ヤンキースの提示した年俸総額が最高金額であったことが明らかになったのですが、むしろ直前には、名門シカゴ・カブス③が度胆をぬくオファーをしているのではとの臆測記事がシカゴ発で全米を駆け回っていました。
カブスのマー君獲得の意欲と情熱は、彼のアーティスト・オーラと無縁ではなかったとユアサは分析します。

 

2009年にシカゴ・カブスを買い取り、新オーナーになったシカゴの大富豪リケッツ家。
その大黒柱ジョー・リケッツは、2010年、自ら製作総指揮に名を連ね、ハリウッドの良心として著名なロバート・レッドフォードが監督したノンフィクション歴史映画『声をかくす人』でアメリカ史の謎に迫りました。
また、カブスのセオ・エプスタインGM兼球団副社長は、まず名門イェール大学で「アメリカ学」と一般的に呼ばれる学問分野を専攻し、後に野球界で仕事のキャリアを積みつつ西海岸で法律家ともなった知性派です。さらに彼の祖父と大叔父は、二人ともあの名作映画『カサブランカ』でアカデミー賞脚色賞を受賞しており、感性の面でも類いまれな名門出身でもあります。

 

ニューヨークは『カサブランカ』のタフさに負けていません。
芸術とマネーの都、ニューヨークは、まさしくマネーのアーティストが、交渉のアーティストが集う街です。
マー君の野球アーティストとしてのオーラが、各球団の知性と感性を沸き立たせ、そこにマネーのアーティストによる交渉が一気に絡んできたので、さすがのアメリカメディアも後追いになってしまった・・・それが、今回の前代未聞の大騒動の隠れたシナリオだったと国際弁護士ユアサは分析する次第です。

 

春は間近に迫っています。
マー君の登板の日を全米が待ち望んでいます。
マー君が立とうとしているマウンドこそは、アメリカ社会という名の大舞台でもあります。
国際弁護士ユアサが、アメリカで成功するうえでいちばん大切であると思うことを言うならば、「マー君よ、こころを白紙にして、アメリカ社会に乗り込め!」です。    (了)

 

① ジョージ・スタインブレナー・・・・1930生~2010没。アメリカの実業家でヤンキースの前オーナー。不調に陥った伊良部秀樹を〝太ったヒキガエル〟と罵倒したことでも有名

② ストーヴリーグ・・・・ストーブが必要な時期に交わされる、つまり野球のオフシーズンの選手の契約更改や移籍などの話題のこと

③ 名門シカゴ・カブス・・・・1871年創設の伝統ある球団だが、100年以上ワールドチャンピオンから遠ざかっている。今シーズン、日本人では藤川球児と和田毅が所属している

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