Facebookでの偶然の出会いから始まった今回の対談。ここまで3回にわたって吉本ばななさんの事務所で語り合ってもらったが、いよいよこれが最終回。最後に2人は“踏み出すことで人生が変わる”と、幸せになるための教訓を――。
吉本 実は私、キムさんの『真夜中の幸福論』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)がきっかけで自宅の引っ越しを決意したんですよ。
キム そうなんですか!?
吉本 何年もいたので引っ越そうと思いながらも、「大変だな」と思って先延ばしにしていて(笑)。でもキムさんの本を読んで「そうか。引っ越しちゃえばいいんだ」と気持ちが開けたんです。
キム 踏み出すことで失う可能性があるものは、せいぜい目に見えるものです。でもその先にあるものは、想像することしかできません。私も日本での仕事を辞めてパリに移ったとき、2週間ほどたってから「何で、あんなことで悩んでいたんだろう」と思いました。でもそれは、経験してみないとわからなかったことなんです。
吉本 たしかに、踏み出すことで変わりますね。私の場合、若いうちに出版契約書を交わしたことがそうでした。出版業界は「そんなこと言うのは野暮だよ」と言われる状況だったんです。でもそれはおかしいと感じて行動しました。すると、その後に同じような動きが出てきた。あのままだったら、いつまでもわからないままだったと思います。キムさんは、出版契約を交わしています?
キム いえ、本が出てからも契約書が届きません(笑)。まあ、日本は信頼に基づいた社会なので大丈夫かと……。
吉本 ダメダメ、ちゃんと交わさないと(笑)。
キム まあ、ジャンルによっても違いますからね(笑)。でも、吉本さんのような世界で活躍される人が声を上げることは、とても意味のあることだと思います。
吉本 若い人たちのためにもよかったと思います。
キム 私の場合は、韓国から飛び出したことで人生が変わりました。当時は、とにかく再スタートしたかった。それで、外の世界に出てマイノリティになった。すると、自分の未熟さがわかってくるんですよね。それを乗り越えるべく自分との対話を繰り返していくうちに、視点が立体的になってきた。そうやって変わることができたんです。
吉本 私が「こんなに大変なことは、現実にはないかもしれないな」と思って書いた本があるのですが、ちょうどそのときにキムさんが本当に同じ経験をされていたことを知って驚きました。
キム たしかに、当時は人生が幸せだと思っていませんでした。でも、世界中を飛びまわっていくうちにいろんなことを学んで、そして日本でワイフと出会って家族になった。すべては、最初の一歩があったからです。
吉本 そうですね。私も結婚して子どもを作ったことでもまた変わりました。実は数年前に水ぼうそうのとき、変な病院に行ってしまい大変なことに……。「もうだめだ」と思ったら、夫が仕事を中断して病院に迎えに来てくれた。その後で退院したとき、自分の幸せを感じました。また子どもに出会えてよかったと。
キム サガンは「子どもを産むと、親は死ぬ権利を失う」と言っていますね。
吉本 本当にそういう感じですよね。子どもが生まれる前の私は、どこか捨て身でした。若いころは「別に、今日死んでもいい」という感じで生きてきた。でも、子どもが生まれてからは変わりました。「残された子どもはどうするんだろう」と、ちょっと考えるようになりました。
キム 自分が天国に行った後に残される者ができた瞬間、「死」が終わりではなくなるんですね。
吉本 そうですね。それはある意味ではよかったともいえるし、自分がつまらなくなったということなのかもしれません。でも、自分が「有限」であるということもちゃんと考えることができるようになりました。
キム そんなふうに自分の意思で行動することによって、人生は変わっていくんですよね。これから、バブル時代や高度経済成長期を経験した中年、定年前や定年後の方は変革の時期を迎えます。これまで決断を社会や組織に委ねてきた人は、自分自身が決断しなければならない。でもそれができるならば、人はもっと幸せになれるのではないでしょうか。
吉本 そうですね。頑張ろう。