歌手活動を続けるかどうか……その後の運命を決めた渾身の一曲

Q:メジャー復帰、1作目の『春空‐ハルソラ‐』はどんなふうにできたのですか?

インディーズのときに、自分の代表曲を作ろうと思ってできた作品です。その当時、スタッフと私、自分たちのお金をつぎ込んで作品を作るなかで、届けたい歌ができて、それでも反響がなかったら、もう私の音楽は必要ないんだ! と、これで売れなかったら音楽を辞めようと、と決意して作った曲でもありました。

Q:『春空‐ハルソラ‐』の詞には、石野田さんのその決意が綴られている?

じつは、スタッフへの感謝の気持ちを歌った歌なんです。私にとっては聴いてくださるファン、応援してくれる人がいるように、みなさんにとっての友人や家族。自分自身が頑張れば、あなたを支えてくれている人たちは、きっと「よかったね」って笑ってくれるよ、という意味が込められています。そして、それは私のスタッフへの気持ちでもありました。

インディーズでリリースしたのが2008年の3月、季節も春で、別れや旅立ちの時季でもあるので、親元を離れて独り立ちする人にも、前向きな気持ちになってほしいと思って作りました。『春空‐ハルソラ‐』ができたとき、「この歌をたくさんの人に届けたい」と思ってシングルとしてリリースしたものだったので、メジャーでもう1回出るんだったら、この『春空‐ハルソラ‐』をもっともっと届けたいという思いもあって選びました。

Q:『春空‐ハルソラ‐』に収録されているほかの曲はどんな理由で選ばれたのですか?

『うまくいかない時は』は、今年10周年にあたるので、この10年分の自分の音楽生活を振り返ってできた歌でした。10年という節目もありつつ、『春空‐ハルソラ‐』の中に一緒に入れたいなあっていう思いもあって、わりと新しい曲です。

Q:『60億分の1』は?

これもインディーズで2007年に出したアルバム『わたしのうた』に入っている曲なんですが、今回、改めて詞を書き直しましたんです。もともと8年くらい前に作った曲で、そこから『わたしのうた』に入れるときも少し直して。日々進化していく、というか、「いろんな人に出会って、いま自分がいる」という思いを綴った詞なので、生きた分だけ出会いがあり、出会った分だけ歌詞が変わっていく、みたいな感じです(笑)。

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※石野田奈津代のインタビューは毎日更新中です(インタビューの続きは明日)