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「12月に入って、主治医から『食事がとれなくなりました。点滴も十分に入らない状態です。これからは衰弱する一方になります。携帯電話はつねに通じるようにしていてください』と言われました。それで、亡くなる前日にも4人の知人や親せきが病室に来てくれました。みなさんが母の寝顔を指さして『なんか元気になったんじゃない?』と言ってくれたほどで、しゃべれはしませんでしたが、口や瞳を動かして血色もよく、これなら新年を迎えられると思っていたんです。それなのに、安心して帰宅した後の深夜2時過ぎに容体急変を知らせる電話が……」

 

人気番組『欽ちゃんのどこまでやるの!?』の母親役で親しまれた真屋順子さんが昨年12月28日、都内の病院で全身衰弱のため亡くなった。75歳だった。

 

真屋さんは00年に脳出血で倒れ、左半身マヒなどの後遺症を抱えながらも、03年に舞台復帰。その後の15年4月、さらに脳梗塞を発症し、治療とリハビリに励んでいた。最期を看取った長男・高津健一郎さん(55)が、本誌に真屋さんの闘病の日々を語ってくれた。

 

1月11日、記者が都内の自宅を訪れると、生前の真屋さんが使っていた部屋で迎えてくれた健一郎さん。冒頭のように、亡くなった日は知人らの見舞いに喜び、真屋さんは元気を取り戻したようだったという。

 

「みんなの声掛けにもすごく反応がよくて、私もホッとして帰ったんですが、夜中に病院から『呼吸と心拍がなくなりそうです。すぐ来てください』と。混乱したまま、車ですぐ駆けつけました。この17年間、リハビリや治療で死ぬような苦しみを味わってきたので、なんとか最期くらいは苦しませたくないと思っていたら、母は苦しんではいませんでした。顔が歪んでいるとか、うめいているとかまったくなくて、微笑んでいるような穏やかな顔だったんです。そんな母を見守っていたら、ドクターが聴診器を胸に当てて『ご臨終です』と言われました」

 

2日後の12月30日に、内輪だけでひっそりと葬儀が行われた。

 

「葬儀には30人の方が集まってくださいました。家族は私しかおりませんので、どうなるかと思いましたが無事に終えられました。母は、最後まで女優だったと思います。ですから、僕は自然に『お疲れさまでした』という言葉で見送りました。いつも、母の稽古や本番が終わると投げかけていた言葉ですね……」

 

思わず涙があふれ、声をつまらせる健一郎さんだった――。

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