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「’13年1月に脳梗塞になりました。退社を選んだのは、この経験が大きかったです」

 

長年、テレビ東京の顔として活躍してきた大橋未歩さん(39)が、入社15年目にして退社し、フリーの道に――。そこに至る心境の変化には、大病を患ったことが大きかったという。脳梗塞から5年、大橋さんがテレビ東京新人時代について振り返る。

 

大橋さんは’02年にテレビ東京に入社。入社半年で『激生!スポーツTODAY』のキャスターに抜擢された。

 

「アナウンサー人生の転機は’04年のアテネオリンピックのときでした。ずっとオリンピックで取材することが夢だったんですが、最初はプロデューサーに『アテネには行けない』と言われたんですよ。理由は『スタッフがお前のことが嫌いだから』と(笑)。入社半年でスポーツキャスターになれたのは、前任の先輩が結婚して辞められたから。前任は入社6年目のベテランの方で、そのあとに半年前まで大学生だった私がやって、うまくできるわけがないんですよね。でも、そう思われるのが怖くて、虚勢を張ってしまって、『教えてください』が言えなかったんです。それがスタッフさんからしたら、生意気に映ったんでしょう」(大橋さん・以下同)

 

だが、夢を簡単に諦めることはできなかった。

 

「先輩アナウンサーに相談したら、『覆らないとは思うけど、気持ちだけは伝えてみたら』と言われました。それでプロデューサーに、『オリンピックに行くのは私の夢です』と訴えました。ふたを開けたら、行けることになったんです。でも、自分を変えなきゃと思って、オリンピック期間中はスタッフ第一を念頭に置いて、取材の準備もたくさんしました。中継のときも、裏の取材でも『よかったよ』とスタッフに言ってもらえて。3週間たって帰国したら、会社中の対応が180度変わっていました。そのとき、初めて仲間に入れてもらえたみたいな感じがしましたね」

 

アテネの活躍が評判を呼び、バラエティ番組からも声がかかるようになった。同年には『やりすぎコージー』の前身番組のMCにも抜擢された。

 

「最初はレギュラーではなかったんですが、上司に直談判しました。『そうそうたるメンバーがそろっている番組なのでMCの勉強に絶対になるからやらせてください』と。バラエティといえば、’05年に始まった『所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!』で、進行役として所ジョージさん(63)と7年あまり共演させていただいたのも忘れられません。番組が始まった当初、私は台本にいろいろ赤ペンで書き込んで真っ赤にしていたんです。でも、所さんがそれを見て、『もっと力を抜きなさい。お茶の間のみなさんはそんなに気張って見ていないから、自分たちが気張ったらお茶の間のみなさんが逆に疲れちゃうじゃない』とおっしゃって。『そうかっ!』と思って、あんまり書き込みとかしなくなっちゃいました(笑)」