「昨年、12月の初めに真央ちゃんのお母さんの三回忌法要がありました。以前は、お母さんのことになると表情が曇ったりもしました。でも法要の席での真央ちゃんは、もう悲しそうな表情を見せることはありませんでした」(浅田家の親族)

 

浅田真央(23)の最愛の母・匡子さん(享年48)が急逝してから2年。すでにソチ五輪後の引退を表明している彼女にとって、今大会がまさに「最後の舞台」であり、スケート人生の集大成となる。前回のバンクーバー五輪では銀メダル。母に金メダルをかけることはできなかった。生前、母は病床から浅田に多くのアドバイスを送っていたという。

 

「なかでも、死を覚悟していた匡子さんが残した『ソチ五輪で金メダルを獲るまで泣いてはダメ』という最後の言葉を、真央ちゃんはずっと胸に秘め続けています」(浅田家の知人)

 

そんな母の遺言を守るために、浅田はこれまで懸命に励んできた。本誌は、名古屋市内の霊園にある浅田家の墓を訪れた。供えられていた花はまだ新しく、ここ数日の間にも墓参した人がいるようだ。浅田もこのお墓には、何度もお参りしたことだろう。

 

「ソチ五輪を直前に控えた真央ちゃんは、母の墓前で『ママ、金メダル、待っててね』と語りかけたのでしょうね」(前出・浅田家の知人)

 

娘の言葉に、匡子さんは生前いつもそうしていたように『金メダルを持ち帰るのが真央の仕事』と、励まして送り出しただろう。

 

「匡子さんは死の直前、2人の娘たちに『あなたたち姉妹が2人で生きていけるレールは敷きました。もう私はいつ亡くなっても大丈夫』と、話していたそうです。母の死と前後するように、真央ちゃんは母に頼ることのない自立した女性に大きく成長してきました。前回のバンクーバー五輪から4年たちましたが、この間の経験は必ず今回に生きてくると思います(前出・浅田家の知人)

 

母との約束を守るため、浅田はソチのリンクに挑むーー。

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