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<この物語は、ある霊能力者をモチーフにして描かれたフィクションである。>

今夜、京子に来てもらったのは他でもない。今日現れた上村静江についての情報と、裏巳午に関連すると噂されている事件について、京子が知っている限りのことを聞きたかったからだ。お互い家庭もあり子どももいる歳になっての夜の行き来だが、京子なら昔からよく遊びに来ていて、仲の良いことを母も十分に理解していたし不自然ではない。それよりも厄介なのは、同じく昔からよく知っている美由紀に京子が捕まって、ひとしきりあれやこれやと四方山話で盛り上がらなければいけないことぐらいだ。

そんなこんなで、明美の部屋にたどり着くまでにたっぷり一時間ほどキッチンで美由紀と母の四人で世間話をさせられた。

連続した怪奇現象

京子によれば、騒ぎが起きたのは昨年の暮れ、農協の裏にある共同墓地で裏巳午の痕跡が見つかったという噂が流れたのが始まりらしい。

今時、よほど信心深いか昔かたぎでもない限り巳午すらやらなくなっているのに裏巳午などと…最初は誰も本気で取り合わなかった。ところがその数日後、夜中に小学生くらいの子どもが何人も連なって田んぼの畦道を歩くのを見たと言い出す人が現れ、その二週間後に言い出した本人が首を吊り、またその数日後には、やはり真夜中に子どもたちの笑い走る音がすると騒いだ人が車の中で死んでいたりしたことで一気に噂が広がった。

その後も、立て続けに不気味な目撃談や子どもの笑い声の噂が流れ、そのたびに不幸な事故が起きたという。そしていつしか、連続する怪奇現象と裏巳午が関係しているとの噂が広まっていったらしい。なぜなら、墓地で見つかった裏巳午の痕跡は、その夏死んだ小学生の少女が眠る真新しい墓の前で、それが奇怪な目撃談に登場する子どもたちと合致したからに他ない。以来、しばらくは大人でも夜の外出を控えるほど、実は静かに、辺りの住民を恐怖させていたようだ。

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そしてまた、先日も不幸な事故が起きた。川床地区で起きた自殺がそれだ。その前夜、明美たちが現場の近くで子どもたちの姿を見ていたが、そのことはまだ誰にも話していない。

多発する不幸な事故が、今日来た母親がしたらしい裏巳午を原因とするものかどうかはわからないが全くの無関係とも思えない。そしてなにより、不気味な目撃談が単なるデマでないことは明美自身が一番よくわかっている。

確かなことは、あの日相談に来た上村静江が裏巳午を行った張本人であるということと、不幸にしてこの世を去った少女・理沙があらぬ辺りを彷徨っているらしいこと。そして、関わりがあるかどうかわからないが、たくさんの子どもの霊が数度に渡って目撃されているという事実。これについては、明美はもちろんのこと亜里沙も目撃していたし、これらが無関係とは思えなくなっていた。

祖母の部屋

リーディングは、半ば健作に勧められるような形で東京のマンションで始めたが、松山に戻ってからは、毎晩欠かさず瞑想をするようになっている。

母の作った夕飯を食べて美由紀と一緒に連ドラを見た後、一人懐かしい祖母の部屋に入ると、そこには今はもう誰も使うことのなくなった祖母の文机が残されている。文机の上には、祖母が生きていた頃と変わらないまま硯と筆が並べられ、それはそこに明美がいつか座ることがわかっていたかのように当時のままだった。

明美は、なんの躊躇いもなく文机の前に座ると、硯箱を開いて水滴を傾け静かに墨を磨り始めた。煤と膠の匂いが部屋にたち籠める。明美は、この匂いが子どもの頃から好きだった。微かに粘り気を帯びた墨汁に筆先を湿らせ、臥竜を模った筆置きに筆を横たえて半紙を揃える。柔らかい下敷きに祖母の筆による写経を一枚敷き、その上に真新しい半紙を被せて瞑目する。気持ちがグッと丹田の辺りに落ち着くのがわかる。

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それは、幼い頃に祖母に筆を持たされて教えられた写経だった。祖母の筆による写経を下敷きにして書き写すのは般若心経。決して文言を目で追うこと無く、胸の内で唱えながら一文字一文字なぞらえる。一枚目を書き終え、ホッと息をついた。まるで何かに導かれるように、とうの昔に忘れていたはずの感覚が引きずり出されていくように意識が細く細く伸びて行く。

再び我に帰ったとき、書きなぞらえた写経は六枚を数えた。そういえば、あの頃祖母は、六枚を区切りにするよう教えてくれた。七枚は、「地の神さんを鎮める」のに必要だとも教えてくれた。写経をする前と比べて、驚くほどに心が安らいでいる。同時に、たくさんの考えごとで雑然としていた頭の中までがスッキリと見通しが良くなっているようで、考えるのが楽しみにすら思えるようになっていた。

以来、夜毎六枚の写経を済ませてから瞑想するようになった。

そして明美の瞑想は、知らず知らずに時を遡る瞑想へと深化を進めた。

犬神憑きの女

見慣れた座敷には二人の老婆が座っていた。左右に並んだ老婆の前には、見知らぬ百姓女がうな垂れて座っている。並んで座る老婆には見覚えがあった。一人は、幾分若いが祖母に違いない。そしてもう一人は、祖母よりも老けて見える。面立ちが、亡くなった父にも似ているような…。この老婆にも見覚えがある。あれは、祖母の部屋に飾られていた写真の老婆だ。明美が物心つく前に亡くなった曾祖母に違いない。そうだとすれば、今目にしているのは、まだ元気なころの曾祖母と祖母がお祓いをしているところに違いない。そこには、明美が見ることの叶わなかった曾祖母と祖母が織りなす妖しの姿があった。

二人の前でうな垂れる中年女は、不規則に揺れ惑うその目の動きから「犬神憑き」と呼ばれる哀れな女であることは明美の目にも明らかだった。背後では、女の夫に違いない気弱そうな中年男が、薄汚れた手拭いでしきりに額の汗を拭っている。

祖母はなにやら文言を唱えると、音も立てずににじり寄り右の掌を女の額に押しあてた。するとそれまで、まるで下心を窺う野良猫のように、およそ人間のものとは思えない神経をさかなでる動きをしていた女は、ほんの一瞬抗ったが次の瞬間くたくたとその場に屑折れてしまった。言葉とも思えぬ不気味な禪動を胸のあたりで鳴らしていた女が静まると、静寂が座敷の中の時を止め、やがて静かに、唇も動かさずに唱え続ける曾祖母の真言が座敷を埋めていく。すると突然、今度は祖母が正座したままの恰好で一尺ほども跳ね上がり、クルッと宙で向きを変えたかと思うと曾祖母に向かって歯を剥き出して嗤ってみせた。

若かりし頃とはいえ、明美が目にしている祖母は、すでに50を超えている。そんな祖母が、まるで体操選手のように宙を舞ってみせる姿はもはや人のものではない。加えて祖母は、曾祖母に向かって笑っているかのように醜く顔を引きつらせ、歯を剥き出したまま舌なめずりをしてみせたのだ。

そんな祖母が見えてないのか、曾祖母は変わらず目を閉じたまま静かに文言を唱え続けている。しばらくの間、じっと眼を閉じ唇も動かさずに真言を唱える曾祖母と、頬を引き攣らせて耳までも裂けていそうな大きく口を開いた祖母が唸り声をあげている。そうして睨み合うような格好になり、やがて祖母が苦しげに身を捩り徐々にその身を縮め静かになってしまった。

どれほどそうしていただろうか、曾祖母の足元に身を縮こめて居た祖母が身体を起こして居住まいを直すと背筋を伸ばして口を開いた。

「魑魅逃散っ!」

あの物静かな祖母が発したとは思えぬ凛とした声が轟くや、それまで気の抜けた体で呆けていた女の背がすぅっと伸び、瞳には生気が戻っていた。

何度も何度も腰を折っては礼を言いつつ夫婦が帰るのを見届けると、祖母はそのまま向き直り、まるで姿無き明美が居るのがわかっていたかのように「見たかえ」と優しい笑顔を見せた。

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「なにやら、珍しいお客さんが来ておるようじゃのう」

と、やはり曾祖母もわかっていたかのように…。

「あれはやはり、おもしろいお子じゃわい。せいぜい可愛がっておやり」

と、目を開くことも無く含みのある笑顔を見せた。

時間にしてどれほど経っただろう、瞑想を終えた明美は、今初めて目にした祖母と曾祖母の「毛物落とし」の有り様に、呑めないアルコールを口にしたような異物感を味わっていた。

『あれはなに? おばあちゃんと、ひいおばあちゃんのリーディング?』

見えたり聞こえたりする能力を使う明美のそれは、まさにリーディングだが、祖母と曾祖母のそれが、同じリーディングとは言えない気がする。

言うまでもなく、相談者に潜む何者かを探り当てるのには見えることや聞こえる能力を要するに違いないが、二人が見せたそれには、見聞きする能力にも増して強力な…指向性を有する力が必要だった。今のところ明美には、自らの意思で操作できるような力は認められない。内には潜んでいるのかもしれないが、まだそれらしき感覚を確かめてはいなかった。

それでも確かに、あれは、まだ幼かった明美には見ることの叶わなかった祖母と曾祖母のリーディング(?)だった。それを、なぜ見せられたのかわからないが、きっと今の明美には必要だったに違いない。

物心ついた頃にはすでに曾祖母は亡くなっていて、わずかに明美が目にしたのは、祖母が一人でする姿でしかなかった。初めて目にした二人のリーディングは、まだ年若い祖母を依り代にして憑物を取り込み、曾祖母の強力な呪力で消し去ってしまうという凄まじいものだった。

「すごい! おばあちゃんもひいばあちゃんもすごい人だったんだ!」

改めて、祖母と曾祖母の力を目の当たりにした明美の内側で、何かが目覚めようとしているようでまんじりともせず朝を迎えた。

犬神憑き

古来、正気を失った人を「○○にとり憑かれた」と言い表す事がある。その多くは、狐・狸・蛇の類だが、これらの多くが偶発的なのに対して、犬神憑きは意図的とされている。それは犬神(使役される異形の動物)憑きには、使役する者の意図が潜んでいる場合があるところだ。狐狸の類が「悪戯」するのに対して、犬神のソレは「呪詛」と言われる。犬神伝説の多い四国には、「犬神筋」と懼れられる人々が現在も各地に存在する。その多くは謂れ無き流言に違いないが、中にはまことしやかな話もある。以前取材した「いざなぎ流」の大夫は「今でもおる。障らん事よ」と言い放つ。真印さんによれば、「とにかく他人(特にそう呼ばれる人たち)に恨まれたり羨ましがられたりしないこと」らしい。2人とも異口同音「犬神を忌避する手段は他に無い」と言った。

SILVA真印オフィシャルサイト

著者プロフィール

那知慧太(Keita Nachi)愛媛県松山市出身 1959年生まれ

フリーライターを経てアーティストの発掘・育成、及び音楽番組を企画・制作するなど、東京でのプロデュース活動を主とする。現在は愛媛県に在住しながら取材・執筆活動に勤しむ。『巳午』を処女作とする。