「この前、ささやかに四十九日法要をやりました。簡単ですけど供養をしまして。お世話になった方に集まっていただいて、お経をあげました」

 本誌にそう打ち明けたのは、ジャーナリスト・後藤健二さん(享年47)の義父・石堂行夫さん(78)。

 両親の嘆願もむなしく、1月30日、健二さんがイスラム国の凶刃に倒れてから50日あまり。行夫さんは、健二さんの母親・石堂順子さん(78)の夫で、健二さんとは義理の親子として、生前から親しく交流していた。

 自宅に行くと、白い布がかけられた祭壇の真ん中には、精悍な顔つきの健二さんの遺影が掲げられていた。しかし、肝心の遺骨はないまま。順子さんが供えたという花と一緒に、全国から届いた約300通の手紙も供えられていた。

 人質事件の最中には、マスコミの取材に、健二さんが結婚していたことも知らず、孫が生まれていたことも知らなかったと語っていた、石堂さん夫妻。後藤さんの死から50日が過ぎ、現在は嫁や孫との交流があるのだろうか。

「いや、会ってません。(殺害後に)私らのほうで訪ねて行ったんですよ。それでもドアも開けてもらえず、居留守を使われて全然出てきませんしね。孫にも会ってません。だいたい、1月23日に家内が外国人記者クラブで会見したでしょ。あの日の朝早くに、『健二の妻です。会見なんかやめてください』と電話がかかってきたんですよ。それ以来、連絡すら一回もないですね。だから、もう私らは会う気もないです。本来なら、あちらからウチに来てもおかしくないんですけどね」

 語気を強めた行夫さんの表情に悲憤の色が……。嫁と姑の悲しき断絶は、今も続いていた。後藤さんはいま天国から、残された「家族の苦悶」をどんな思いで見つめているのだろう――。