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「若いころから舞台でさんざんバカをやって、お客さんを笑わせて、終演後にはおしゃれをして楽屋から出る東京の喜劇役者のカッコよさに憧れていました。その落差が大きいほど気持ちがいい。そこなんですよ、僕にとってビッグバンドのライブをする意味は」

 

こう語るのは、神田神保町で生まれ育った生粋の江戸っ子、三宅裕司(65)。劇団「スーパー・エキセントリック・シアター(SET)」と「熱海五郎一座」の座長を務め、“東京の笑い”を追求している。そんな三宅は’07年、ビッグバンド「三宅裕司&Light Joke Jazz Orchestra」を結成し、自身はドラム&パーカッションを担当。プロ16人のメンバーを取りまとめる立場でもある。そもそも中学時代から音楽に傾倒し、ベンチャーズに憧れてバンドを組んだ。

 

「それが次第にR&Bに進化して。大学ではジャズコンボバンドを結成しました。並行して落研にも入部。音楽的には次はビッグバンドだなと思っていたけど、卒業しちゃった」

 

そして55歳にしてついに長年の夢をかなえたのだ。年に1度のそのライブが17年に10周年を迎える。一流のジャズクラブでもビッグバンドジャズなんて敷居が高すぎるとためらう人たちにも、三宅らしく笑いをちりばめたわかりやすい解説が魅力のステージ。これまでは「グループサウンズ」「日本の心」などをテーマに客を酔わせてきたが、今回はピンクレディー、山口百恵、中森明菜など、懐かしい昭和アイドルの歌謡曲だ。会場はBLUE NOTE TOKYOほか。小粋にスウィングするのが待ち遠しい。

 

「男の夢のひとつに家を建てるというのがあるでしょ。僕はすごく忙しかった時期を乗り越え、53歳でその念願を果たしました。そのときにね、地下にリハーサル室を造ったんです。そこにメンバーを集めて、練習用の音源をレコーディングしてもらってるときに、“おいおい、俺んちでレコーディングしてるよ。うぉ〜、俺、ここまで来たのか!”って感慨にふけるわけですよ(笑)。夢は50歳を過ぎてもかなうんですねぇ」

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