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辺野古への新基地建設の反対を訴え、プラカードを掲げる女性=7日、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前(写真・琉球新報社)

 

2人の娘の夫が元米兵で、1人は現在軍属という60代の女性が名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前での抗議行動に那覇市から通い続けている。女性の母親は戦後も苦しみ悩んだ沖縄戦での経験があり「戦争につながる基地には反対」との思いがあるからだ。「基地建設を止める。絶対にあきらめない」と言葉には強い信念がこもる。

 

女性の母は祖母と戦火の中逃げ惑った。その後祖母は、肺炎で亡くなった。しかし、母は祖母が亡くなっても涙が出なかったことだけは30年間誰にも話せなかったという。「母は自分がおかしな人間だと思ってずっと苦しんでいた」。母の心を苦しめ続けた戦争。二度と繰り返してはならないとの思いが募り、基地反対につながった。

 

女性はかつて幼い娘たちを連れて基地包囲行動などに足を運んだが、娘2人が米兵と結婚した。女性は強く反対したが「個人と組織は違う」と最終的には許した。

 

しかし2人の娘も子どもが生まれて考えが変わった。「家族の誰かが戦争に行く仕事は嫌」。思いが通じて娘の夫は2人とも退役。1人は県内の基地で軍属として資材搬入などの仕事をしている。

 

基地内で働く娘の夫が抗議中にゲート前を通ることもある。「『お母さんいたでしょ』と言われる」と苦笑いする。「複雑な事情はあるけど子や孫のために新しい基地は造らせない。私たちの世代が逃げたら若い人に示しがつかないでしょ」と朗らかな笑顔を見せた。(田吹遥子)