「料理はすべて息子への愛情表現。その記録です」

2年間、辻仁成さんが長男にむけて作り続けた料理をまとめたレシピ本『パリのムスコめし 世界一小さな家族のための』がついに書籍化!その発売を記念して、4月28日、東京・新宿でトークショーが開催された。開催場所となった有隣堂によると、「定員50名はあっという間に完売。こんなことは初めてです」。

開始1時間前から整理券を握りしめた女性たちが列をなし、客席は20代の若い女性から50代のマダムまで、ほとんどが女性!料理のコツから息子さんとの心温まるやりとり、シングルファザーとしての奮闘ぶりまで語り尽くした、当日の内容をダイジェストでお届けします。

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(取材協力:小田急百貨店新宿店10階「STORY STORY」)

今回収録されたのは、本誌連載のなかから厳選した51のレシピ。パリで暮らす辻さん親子だが、意外にも和食のレシピが豊富なのが特徴だ。トークショーは、料理に込めた辻さんの思いを語るところから始まった。

「僕たちはパリに住んでいて、息子は間違いなくフランス国籍をとるでしょう。でも、彼には日本の精神を忘れて欲しくない。給食も当然フレンチが多いので、なるべく家では和食を作るようにしています。

でも、ここはフランス。和食用の食材が手に入りにくいことは否めませんね。たとえば日本米なんて、日本の値段と比べて3~4倍もするんですよ! なので、カリフォルニア産のコシヒカリを買うなど節約しているんです(笑)。ほかにも足りないものは自力で作ります。たとえば味噌。空気を入れてはいけないので、タッパーに叩きつけるようにするんです。一回目はカビてしまったけれど、今では上手に作れますよ。まさに『手前味噌』ですね」

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「僕の料理はインスピレーション。『こうしたら、こういう味になる』ということはもうわかっているので、時にはあえて冒険することで新しいレシピが生まれます。

この本にも収録されているブロッコリーのタリアータは、そんな冒険のなかから生まれましたね。最初は平野レミさんの真似をしてみようかなと思っているうちに……(笑)、レミさんの力を借りながら、独自のものが生まれています。そして、僕の料理は友達のシェフたちが真似しているんですよ」

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「旅先での食べ歩きを、二人は『美食アカデミー』って言っているんですが、この間モンサンミッシェルに行きました。そこは、ふわふわオムレツが有名なので、一回食べてみたくて……。でも値段を見てびっくり! ひとつ50ユーロ(※編集部注:日本円で6,000円以上)もするんです! 僕は野菜入りの一番安いオムレツを食べたんですが、それでも40ユーロぐらいはしましたね。

で、帰る前に息子が『もう一回食べたい』なんていうから、いや、売れない作家なのにそんな……と思って、『もっと美味しいものを作るから許してくれよ』と。帰ってきてから僕なりにアレンジして作りました。そうしたら『パパ。モンサンミッシェルのより美味しいよ!』って。まあ、ちょっと気を使ってくれてはいますが、卵4つ分の金額で作れたんです。1個25円と考えたら100円で、6,000円の料理が作れたということになりますね。

いいレストランで美味しいものを食べるのもいい勉強。でも、それを再現できないかなと思うこともすごく大事。そうじゃないと、もったいないじゃないですか」

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「2カ月半の夏休みだけじゃなくて、フランスでは2ヶ月ごとに2週間の休みがあるんです。土日も含めて、計算してみたら365日の半分が休みでした。親は大変ですよね。洗濯掃除も増えるし……で、息子はしょっちゅう『お腹すいたー』って言ってくる。しかもあの子はお菓子が嫌いで、ポテトチップを与えておけば喜ぶ子供とはちょっと違うんです。だから、ハンバーガーやおにぎりなどを作らないといけないので、休みになると4食5食は当たり前。

息子の友達はみんなフランス人。こっちはちょっとビビるんですよ(笑)。下手なフランス語を喋ると日本の恥になるので、僕は『ボンジュール』とか言いながら、ニコニコって逃げ出します(笑)。そしておやつを作って『君たちこれ食べない?』って。それで、『上手だね!』ってなれば、立派なコミュニケーションになりますから。

それでも雨の日に家で二人でいると行き詰まることもあるんですが、そういうときは『一緒に何か作ろうか!』って。(連載用の)写真を、彼が撮ってくれることもあるんですよ。

そして、シングルファザーだからって、彼にみじめな思いをさせたくないという思いもあるんです」

そんな父の背中を見ている息子さんは辻さん曰く「とっても優しいやつ」。数ある料理のなかには思い通りにできなかったものもあるが、そういうときに息子さんは決して「まずい」とは言わないそう。

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「『パパ、今日僕はお腹が空いていないんだよ』とか、『宿題が多くて食欲がないんだ』とか。食べたくないとは言わないんです。でもね、彼は生姜が苦手で。親としては体を温めたいから時々料理に生姜を入れるんです。そうすると、途端に『宿題が……』って。

反対に、美味しいときは食堂から『うーん、うまい!』とうなり声が聞こえてくるんです。そんなときは、ひとりキッチンで、ガッツポーズをとっています。

僕にとっての料理は子供が喜んでくれればいいもの。だから、わざわざ連載や本にして、家の内情をさらけ出す必要もないのですが……Instagramやツイッター上でも、応援してくださる方がたくさんいます。この女性自身の連載がある限り、料理がマンネリすることはないでしょうね」

料理のレシピはもちろん、人生や日々のことも綴ってきた本誌連載をまとめた一冊。料理が親子の会話を支え、料理が、いまではすっかり大きくなった息子さんの体を作ってきた。本書はまさに「辻家の記録」そのものだ。

「辻家の食卓をそのままみなさんにお届けしたかったので、この本の料理写真も、僕が自分で撮っています。器もすべて自宅のもの。見ていただいている人に少しでも美味しいものを紹介したくて、家には、キッチンと仕事の横に大きなまな板とライトを3つくらい用意した『撮影スタジオ』があるんですよ。美味しいと思わせる一つのコツは、美味しそうに見せること。たとえば、エッグベネディクトのオランディーヌソースは、右から照明を当てています。美味しそうでしょう?

とはいえこの本は、僕の中では哲学本、人生の指南書のつもりです。自分のためにはご飯を作らない、梅干しと冷えたご飯があればいい僕が、料理を作り続けてきたのはすべて、息子への愛情表現。その記録です。この本は、実際にその料理たちを作ることができる体験型の一冊。読むだけでも楽しいけれど、作って美味しければ2度楽しい。51回の『美味しい』があるかもしれませんので、お役に立てていただけると嬉しいですね」

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