東大病院で行われた天皇陛下の心臓バイパス手術で執刀医となり、世間を驚かせた順天堂大学医学部の天野篤教授。4千回以上の手術経験に裏打ちされた経験と実力から今回の大抜擢となったとみられる。そして今回、神経内科医で医事評論家の米山公啓さんが、天野先生に勝るとも劣らぬ命を預けたい「神の手」名医たちを教えてくれた。
’06年、胃がんになった王貞治さんの腹腔鏡手術を執刀して話題となった藤田保健衛生大の宇山一朗教授は、消化器系がん腹腔鏡手術の第一人者。岐阜大医学部から慶応大医局をへて、都内の総合病院で研さんを重ね、これまでに1000例を超える腹腔鏡手術を執刀してきた。
「腹腔鏡手術のメリットは、体に負担がかからず治りが早いこと。宇山先生のように手術数をこなせばこなすほど、正確性とスピードが速まるものです。手術時間が短くなれば麻酔時間と出血量も少なくてすみ、より安全に手術ができるんです」
同じ腹腔鏡を使い婦人科系の病気治療に当たっているのが、倉敷成人病センターの安藤正明副院長だ。浸潤子宮頸がんの子宮温存手術で国内初の妊娠例もあり、’86年以来の執刀数は1万件以上。
「婦人科系がんの腹腔鏡手術はまだ保険適応外のため高額(160万円前後)です。にもかかわらずこれだけの患者が安藤先生を頼ってきている。信頼度の高さは医師の重要な評価基準です」
日本赤十字社医療センター脳神経外科の佐藤健吾先生は、がんの最先端治療として注目されているサイバーナイフ(脳腫瘍などに使う放射線治療器)で世界最高水準の技術を持つ。新緑脳神経外科・横浜サイバーナイフセンター院長時代などを通算すると治療例は6000件を超えるという。
「放射線をピンポイントで当てる技術の精度が求められます。ほかに治療法のない患者が多いたいへんな分野で、これだけの治療例はものすごい」
直接命にかかわる分野ではないが、角膜手術で日本一の実績を持つ東京歯科大市川総合病院の島崎潤眼科部長も「神の手」のひとりとして名前が挙がった。
「この病院は眼科のなかでも角膜手術という超専門性に特化しており、全国で年間1500例のうち5分の1を手掛けています。島崎先生の通算執刀数1000件もケタはずれ。これだけ多ければスタッフの熟練度も上がり、相乗効果も大きいでしょう」
乳がん切除手術後の乳房再建手術では、800例を執刀している国際医療福祉大三田病院の坂井成身先生。米国ニューヨーク大で乳房再建術を学んで帰国、米山さんと同じ聖マリアンヌ医科大に在籍していた時期があったという。
「私が医局にいたころから、酒井先生の縫った傷痕は本当にきれいだと評判でした。縫い痕の美しさは誰にもまねできない技術。それを乳房再建手術という時代のニーズに生かしたところが素晴らしいですね」
経験豊富な「神の手」名医にはいくつもの共通項があるようだ。米山さんはこう言った。「天性の器用さ、不意の出血などにも動じない精神力、そして24時間戦う体力。この3つを兼ね備えたうえで、執刀数に恵まれ、自分の腕に絶対的な自信を持てたとき、神の手と呼ぶにふさわしい医師といえるのでしょう」