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「父が認知症になり、先祖代々引き継いできた土地や家が動かせず、ほとほと困っています。一部を売却して介護費用にあてたいのに……」

 

そう嘆くのは、千葉県在住の山本春子さん(52・仮名)。75歳の父親が数年前に認知症を発症し、その財産が“凍結”されてしまったという。

 

超高齢社会で65歳以上の4人に1人が認知症予備軍といわれている昨今。親が認知症になり、「実家を処分することができない」「預貯金を引き出せない」などのトラブルが急増している。たとえ本人のためであっても、家族が財産を勝手に処分したり、活用することはできないためだ。

 

山本さんの場合、両親の介護費用は月約35万円。さらに、空き家となった実家の固定資産税や、割高な空き家用の火災保険料などが、年13万円以上かかり、家計を圧迫し続けているという。

 

管理のために、定期的に掃除や草取りにも通わなければならない。実家を相続するまで処分できないため、父親が亡くなるまでの数年、場合によっては10年以上もこの状態が続く可能性があるという。

 

「最近、『家族信託』という制度があることを知りました。父に認知症の前兆が出たころに知っていれば、その制度が使えていたのに……。悔やまれてなりません」

 

はたして、山本さんがいう「家族信託」とはどんな制度なのか。家族信託普及協会の代表理事で、家族信託研究所を運営する司法書士の宮田浩志さんはこう解説をしてくれた。

 

「財産の管理をほかの人に任せることを信託といいます。以前は、信託銀行や信託会社など、専門家に任せるのが主流でした。しかし、’07年の信託法改正を契機に、“信頼できる相手との間”、特に家族の間で使いやすくなりました。家族間で行うことが増え、『家族信託』という言葉が生まれました」

 

一般的に、親が認知症になった場合の方法として、契約や財産管理を任せる後見人を選任する「成年後見制度」が知られている。前出の山本さんも、当初この制度を利用しようとしたという。

 

「家庭裁判所に後見開始の審判の準備をしました。しかし、後見業務をいくつも手がけている弁護士のほうが選任される可能性が高くなり、途中で諦めました。専門家といっても第三者が入り込むのは気が引けたんです」

 

後見人となった親族が財産を私的に使いこむ事件が相次いだため、近年の家庭裁判所は弁護士や司法書士などの専門家を後見人に選ぶ傾向にあるという。

 

さらに、山本さんが父親の後見人になったとしても、実家を処分するには高いハードルがある。家庭裁判所の許可が必要なのだ。

 

「後見制度は、“財産を維持し、本人のために使う”ことを求められるので、本人の生活費以外の資産を家族が活用するのは困難です。親が施設に移って実家が空き家になっても、売ることができない。賃貸アパートの大規模修繕や親のお金で二世帯住宅を建てたいときなども、家庭裁判所が認めない可能性が高いですね」(宮田さん)

 

一方、家族信託なら、あらかじめ決めておいた目的と権限の範囲内であれば、親の財産を自由に活用できる。

 

「成年後見制度では難しかった、家のリフォームや賃貸マンションへの建て替えなど自由度の高い活用ができます。自宅を売却する場合も家庭裁判所の許可がいりません。ただし、家族信託は、本人に判断能力があるうちに、託す相手やその内容を決めておかなければなりません。完全に判断力が低下してから、始めることはできないのです」

 

前出の山本さんが悔やんだのには、ここに理由がある。あらかじめ、父と「介護費用にあてること」を条件に自宅の処分を託す信託契約を結んでおけば、実家をスムーズに売却することができた。

 

また、実家を賃貸にして、その不動産収入を介護費用にあてるなど、柔軟な対応も可能だったのだ。親が、あなた自身が認知症になる前に、家族信託を賢く利用しよう!

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