登場する土地が作品に奥行きを与える村上春樹の小説。店や食べ物なども私たちのイメージをかき立てる。村上作品はその中を歩くことができる“散歩小説”だった!?
「村上春樹さんは、“文学散歩しやすい作家”といえます。実名で登場する場所や店も多いし、主人公たちもよく歩く。何より、村上さん自身が散歩好きを公言しています。こんなに文学散歩を楽しめる作家は、太宰治くらいまでさかのぼらなければいないんですね」
こう語るのは、ブックカフェ『6次元』店主で『さんぽで感じる村上春樹』(ダイヤモンド社)著者のナカムラクニオさん。
「特に人気なのが、ルーツをたどる散歩。まず、少年時代を過ごした神戸。そして、大人になってからの千駄ヶ谷。経営していたジャズ喫茶『ピーターキャット』もあった場所で、専業作家となった記念の地。この2カ所は作中にも繰り返し形を変えて登場します。原風景を大切にしているところが村上さんの魅力のひとつです」
新しい発見も多い。
「ある作品に出てくる公園を探し当てても確信をもてないで歩いていると、作中に描写されているとおり、柳の枝が地面すれすれまで垂れ下がっていて、『ここだ!』とわかったり。村上さん自身、走ることから小説について学んだとも書いています。村上文学は足から生まれた文学なんだと思います」
小説の舞台を訪ねることは、村上作品をもっともっと深く理解する近道なのだ。また「村上さんが世の中でいちばん好きな場所が喫茶店、いちばん好きな食べ物はドーナツ。作品を読む限り、まず間違いない(笑)」とナカムラさん。飲食へのこだわりにも作家の個人史が色濃く反映していて、それらを探すのも散歩の楽しみ。
「まず、お店捜し。何軒か似たような店を見つけても、小説に書かれた年代に営業していたのは1軒だけだったり、そのメニューを置いてあるのが1軒だけで、そこだとわかったり」
散歩にちょっと疲れたら、村上さんをまねて喫茶店で“昼からビール”を。