米国でのレカネマブ承認を受け会見するエーザイの内藤晴夫CEO(写真:共同通信) 画像を見る

「がんなどの重篤な疾患に対する画期的な治療薬が次々と開発されていくなか、複数の製薬会社が30年以上にわたって認知症治療薬の開発に臨んできましたが、なかなか承認に至りませんでした。そのため、アルツハイマー型認知症の治療薬に承認が下りたのはとても画期的なことといえます」

 

こう話すのは、東京大学大学院教授で、日本認知症学会理事長の岩坪威先生。エーザイと米国のバイオジェンが共同開発した「レカネマブ(商品名レケンビ)」が、1月6日に米国FDA(食品医薬品局)で承認された。16日には、日本でも保険適用を目指して厚生労働省に承認申請がなされており、エーザイの内藤晴夫CEOは年内の承認を目指したいと発言している。

 

アルツハイマー型認知症の原因は、脳に発生する「アミロイドβ」や「タウ」と呼ばれるタンパク質だと考えられている。

 

「脳内で発生したアミロイドβやタウタンパクが塊となって神経細胞を破壊することにより、認知機能の低下が起こるとされています。製薬各社は、このアミロイドβやタウタンパクを除去する薬の開発に力を注いでいるのです」(岩坪先生)

 

現在使用されているアルツハイマー型認知症の薬には、アリセプト、メマリー、レミニールなどがあるが、いずれも対症療法で神経細胞の破壊は止まらない。いっぽう、レカネマブは症状の進行を緩やかにする効果が実証されている。これが画期的とされるゆえんだ。

 

処方の対象者は、脳にある程度アミロイドβはたまっているが、神経細胞はそれほど破壊されていない状態にある、認知症前段階の軽度認知障害(MCI)あるいは軽度の認知症患者となる。

 

「レカネマブは、できかけのアミロイド線維を狙ってアミロイドβを脳から除去する働きをします。治験では18カ月間、レカネマブを2週間に1回静脈に投与したグループと、プラセボ(偽薬)を投与したグループを比較したとき、前者で症状の進行を遅らせる効果が確認されました」(岩坪先生)

 

治験中に撮影されたアミロイドPET画像からも、レカネマブを使用した患者のアミロイドβが明らかに減少していることがわかったという。投薬によって、認知症の進行を平均で約3年遅らせることが期待できるとされている。認知症治療の未来に希望の灯をともすレカネマブだが、実用化に向けては課題も残されている。まず気になるのが薬価だ。レカネマブのアメリカでの価格は年間2万8千ドル(約350万円)に設定されている。

 

「治験薬が承認される場合は保険適用になることが通例です。薬価は国によって算定されますが、アメリカでの価格設定は日本での薬価を決める一つの指標になるのではないでしょうか」(岩坪先生)

 

国の高額療養費制度が適用されれば、70歳以上の一般所得層(年収156万〜370万円)の場合、患者の自己負担額は年間14万4千円が上限となる。 新薬の課題は、薬の使われ方にもある。認知症治療医でお茶の水健康長寿クリニック院長の白澤卓二先生はこう指摘する。

 

「対象は軽度認知症、早期認知症の患者のみに限られています。軽度・早期は明確な症状が出ていない段階で、診断が難しい状態。さらに、薬を用いるかどうかを判断するためにはアミロイドPET検査や、脳髄液検査などが必要になる。どちらの検査も、どこの医療機関にもある設備・技術ではありませんし、費用も相当かかります。検査体制や、その費用負担をどうするのかという問題も残されているでしょう」

 

現状、アミロイドPET検査は1回あたり30万円以上の費用がかかる。もちろん、軽度の認知症やMCIを見抜く医師の専門性も不可欠な要素だ。これらの体制の整備が求められる。

 

課題が残されているとはいえ、レカネマブの開発が今後の認知症の新薬開発に新たな扉を開いたことには違いない。

 

「アミロイドβを除去するというレカネマブの効果が得られたことにより、今後さらに新しい認知症治療薬の開発や、無症状の段階での治療など、大きな発展が期待されます」(岩坪先生)

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