「庶民も旅を楽しめるようになった江戸時代、その土地に根づいた名物は、その場で食べるものでした。たとえば、門前町名物のお饅頭やお餅をお茶屋さんで食べるなどして、人々は名物を楽しんでいたのです。当時は保存技術も乏しく、当然旅程も数週間から数カ月と長かったことから、名物は家まで持ち帰り、おみやげにできるものではなかったのです」

 

そう話すのは歴史学者の鈴木勇一郎さん。鈴木さんは『おみやげと鉄道 名物で語る日本近代史』(講談社)などの著作もあり、古今東西のおみやげ文化に詳しい研究者だ。

 

食べ物がおみやげとなったきっかけは、鉄道が開通したことの恩恵が大きい。1889年(明治22年)に新橋駅から神戸駅までの東海道線が全通して以降、各地の名物が持ち帰れるようになったのだ。

 

「鉄道の影響は、単に旅行の時間を縮めただけではありません。京都の八ツ橋、岡山のきびだんご、伊勢の赤福餅、郡山の薄皮饅頭など、その土地の名物が駅のホームで売られるようになりました。名物が駅で立ち売りされていると、乗客はおのずとどの駅でどんな名物が売られているかを知ることができました。鉄道が名物の知名度を飛躍的にアップさせたのです」(鈴木さん)

 

以降、鉄道や高速道路など全国の交通網が整備され、飛行機という新たな交通手段が一般化していくなかで、名物のおみやげ化がさらに進み、また新たなおみやげも創られていく――。

 

もはや“地域の顔”といっても過言ではないほど、世の中に知られたおみやげたち。その知られざる歴史、意外なエピソードを紹介。

 

■北海道・石屋製菓「白い恋人」

’76年、発売開始。当初は北海道限定販売だったため、出張や旅行のおみやげとして不動の人気を得た。パッケージには当時の社長がスイスの山並みのようだと感激した北海道の名峰・利尻山が描かれている。

 

■宮城県・菓匠三全「萩の月」

’79年、発売開始。仙台空港発着便の機内菓子として有名に。松任谷由実がラジオで萩の月を絶賛してブレークしたという逸話もある。常温で日持ちするよう脱酸素剤を利用したのは萩の月が業界の草分け。

 

■山梨県・桔梗屋「桔梗信玄餅」

’68年、発売開始。お盆の時期に仏前へ安倍川餅を供える山梨県の習慣から発想。NHK大河ドラマ『天と地と』や映画『風林火山』の空前の武田信玄ブームにより、山梨県への観光客が急増。山梨名菓として定着。

 

■静岡県・春華堂「うなぎパイ」

’61年、発売開始。フランス菓子のパイ・パルミエを原型に、うなぎエキスとガーリックなどの調味料をブレンド。キャッチフレーズ「夜のお菓子」は精力増強の意味はなく、「夜の家族団欒のため」。

 

■三重県・赤福「赤福餅」

1707年、発売開始。モチーフは伊勢神宮流域を流れる五十鈴川のせせらぎ。当初は、砂糖が貴重品で塩味のあんだった。日持ちが2〜3日のため、今でも中京・近畿圏の限定販売が基本。

 

■岡山県・廣榮堂「きびだんご」

1856年に創業し、1886年に明治天皇に献上したと伝えられる。主原料は黍(きび)ではなく、上白糖と水飴を混ぜた求肥。風味づけに黍粉を加える。実は“黍”だんごではなく、“吉備”(国の)だんご。

 

■福岡県・ひよ子本舗・吉野堂「ひよ子」

1912年、発売開始。エネルギー源として甘いものが好まれた炭鉱の町・筑豊飯塚で誕生。福岡で人気が出て、東京五輪を機に東京に進出。東北新幹線開通で、東京みやげとしても定着。

 

■“由緒”を巡って……「元祖はどこなの?」大合戦

現在も創業年を巡り係争中の井筒八ッ橋本舗vs聖護院八ッ橋総本店。「八ッ橋は300年以上前にできた古い干菓子。よほど確定的な資料が出てこない限り、どんな由来でどこが最古かを明らかにするのは難しい」と鈴木さん。

 

ほかにも“元祖”を巡る争いはあるが、「名物にとって由緒や来歴は非常に重要。客はどちらがおいしいかはさておき、“元祖”を選びがちですから、裁判にまで発展してしまうのも無理からぬことかもしれませんね」(鈴木さん)

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