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「新しい『財政検証』をなぜ速やかに出さないのか。出てこない限りは、年金制度の安心が保たれているかどうか、判断できません」

 

金融庁の報告書に端を発した“老後資金2,000万円問題”。6月19日に行われた党首討論では、野党党首が年金問題について、安倍晋三首相を厳しく追及した。

 

冒頭の言葉は、国民民主党の玉木雄一郎代表が、安倍首相に投げかけたものだ。“年金博士”として知られる、社会保険労務士の北村庄吾さんが、解説する。

 

「『財政検証』とは、厚生労働省が作成する年金財政の“健康診断”のようなものです。年金制度が持続できるように、5年に1度、検証し、発表することが法律で定められています。財政検証の結果に従い、将来の年金の支給計画が立てられたり、法改正が行われたりする。まさに、年金制度にとって、もっとも重要な文書なのです」

 

話題の“2,000万円報告書”は金融庁の作成。年金だけでは不足する老後資金をどう補うべきか、金融を所有する省庁の立場から“ご提案”したものにすぎない。

 

一方、財政検証は、年金を所管する厚生労働省が作成する調査報告書と計画書を兼ねたようなもの。まさに、年金制度の今後を占う要といってもいい。

 

ところが、その公表が遅れているという。過去2回の財政検証は、内容を議論する専門委員会の最終会合から3カ月ほどで公表された。今年は3月7日に最終会合が行われたので、6月中旬までには公表されると見込まれていた。だが、いまだ公表の予定はない。

 

財政検証を担当する厚労省年金局数理課は、「検証中で、まだ発表時期ではないとしか申し上げられない」と繰り返すのみで、作業の進捗状況すら答えなかった。

 

政治ジャーナリストの角谷浩一さんは、こう分析する。

 

「永田町では『老後2,000万円問題で紛糾するなか、よほど悪い検証結果なので、夏の参院選が終わるまで出さないのではないか』といわれています。厚労省が安倍内閣に“忖度”している、あるいは官邸から公表しないように指示された、そんなふうに見られているのです」

 

“よほど悪い検証結果”とはどんなものだろうか。そのヒントとなるのが、過去の検証結果だ。

 

前回の財政検証での所得代替率は62.7%。所得代替率は、現役世代の男性の平均的な賃金に対して、厚生年金を受給している夫婦2人のモデル世帯の年金受給額が何%あるかで示される。’14年財政検証では、平均賃金は月34万8,000円で、モデル世帯の年金額は21万8,000円とされたので、所得代替率は62.7%。’04年の年金改革で、この値が50%を下回らないように調整することが定められている。

 

「しかし、将来的に所得代替率は下がっていきます。マクロ経済スライドのために、物価が上昇しても、年金額は同じようには上昇しないためです。受け取る年金の額面はわずかに上がるか、“据え置き”なので気づきにくいのですが、年金は実質的に“減る”のです。安倍首相は国会で、今年0.1%年金受給額が増えたと豪語していましたが、物価の上昇を考えると、年金は減ったのです」(北村さん)

 

物価が上がると、同じものを以前とは同じ値段で買えなくなる。そのため、手元に入るお金が一定だったり、ほとんど増えなかった場合、買えるものは少なくなってしまう。つまり、お金の価値が“減る”ということだ。

 

もともと、年金は物価や賃金の変動に応じて、支給額も変動していた。しかし、’04年に導入された「マクロ経済スライド」によって、物価や賃金が上昇しても、年金の支給額の上昇は抑制されることになった。何%抑制するかをあらわす値を「スライド調整率」という。物価や賃金が上がっても、年金の支給額は同じように上がらないので、「所得代替率」が下がっていくことになる。

 

こうして、マクロ経済スライドによって、年金の価値は徐々に減る。それでも、所得代替率を50%よりは下げないことが、法令で定められている。この50%に至るのがいつごろになるか試算するのが「財政検証」の肝になる。

 

5年前の財政検証では、経済がもっと順調に推移していく「ケースA」から、もっとも悪化していく「ケースH」まで、8段階のシミュレーションが行われた。

 

「ところが、いちばん楽観的なケースAであっても、11年後の2030年には、所得代替率が57.2%と6割を割り込み、25年後の2044年には所得代替率が50.9%まで下がると、試算されているのです」(北村さん)

 

経済評論家の加谷珪一さんは、現状に即しているのは、もっとも悲観的なケースHだと考えている。

 

「政府が目標としてきた経済成長率の数値は未達成のままですし、世界経済も、不況の兆しが見えているためです。ケースHでは、所得代替率がわずか11年後の2030年に53.8%にまで落ち込み、今50歳前後の人たちが年金の受給を始める、17年後の2036年には50%に達すると試算されています」

 

所得代替率50%は、前回の財政検証で基準となった62.7%から2割減。現在の平均月給から計算すると月17万円ほどだ。夫婦2人、この金額での生活は困難だろう。そもそも、所得代替率の基になる“モデル世帯”の設定すら、現実を反映していない。

 

「’19年度のモデル世帯は、夫が40年間、平均月42.8万円の賃金でサラリーマン生活を送っていて、その間、妻がずっと専業主婦で、基礎年金は満額支給を受けられるという設定です。しかし、学生時代の年金が未納になっている人や、転勤などで国民年金だけだった時期がある人、また、これよりずっと低賃金で働いていた人もたくさんいます。すでに多くの年金受給世帯が、所得代替率は50%ほどか、それを下回っているのです。そこからさらに2割減となれば、老後破綻しかないでしょう」(北村さん)

 

――17年後には年金が2割減ってしまう。これだけでも驚きの試算だが、あくまでも前回の財政検証でのもの。最新の財政検証には、もっと恐ろしい未来が盛り込まれる可能性が高いという。

 

すでに、厚労省は今年の財政検証で、年金を試算するときに使う「経済前提」を発表している。

 

物価上昇率や賃金上昇率などが将来的にどう推移するか、ケース1~6まで6つの予想が提示されるが、どの数字も軒並み前回よりも悪く見積もられている。たとえば、もっとも悲観的なケース6と、前回の財政検証のケースHを比べてみると、「物価上昇率」、「賃金上昇率(実質〈対物価〉)」、「運用利回り(実質〈対物価〉)」、「経済成長率(実質〈対物価〉)」、どの数字も下がっている。

 

この数字を“前提”に、年金の将来が試算されるので、17年後に所得代替率50%に達するという前回のケースHを上回る、恐ろしいシミュレーションが今年の財政検証に盛り込まれる可能性は高い。

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