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千葉県館山市。温暖で風光明媚なこの土地に、社会福祉法人「ベテスダ奉仕女母の家」が運営する「かにた婦人の村」はある。知的障害に付け込まれて性的被害を受けたり、DV被害で心身ともにボロボロになり、家族にも福祉にも見放された社会復帰が困難と思われる女性たちが、長期間にわたって過ごせる日本でたったひとつの婦人保護長期入所施設。ここでは、いわゆる入所者のことを“村人”と呼ぶ。

 

この村は天羽道子さん(89)の師である故・深津文雄牧師が、1965年に開村。昨年50周年を迎えた。現在、70人いる村人のうち34人が、開村当初からここで生活をしており、平均年齢は70歳に近い。天羽さんは24年間、この村の施設長を務めたが高齢のため2013年に退任。以降は名誉村長として、村人たちと、ここで生活を共にしている。

 

小高い丘の上にあるこの村には、周囲との境界を分かつ塀や門は、いっさいない。豊かな緑、眼下にきらめく房総の海を見ていると、まるで楽園にいるかのようだ。しかし、のどかさとは裏腹に、村人たちは癒えることのない傷を負っていた。

 

「よく“底辺に生きる人々”なんて言い方をしますが、底辺の中でも、もっと低い“底点”で生きざるをえない人がいるんです。その“底点”の人に寄り添い、共に生きられる村(コロニー)が必要だということで、深津牧師がつくられたのが、かにた婦人の村なんです」(天羽さん・以下同)

 

現在、かにた婦人の村には、村人が暮らす6つの寮と、管理棟、教会、農園や果樹園、医務棟、村人たちの作業場などがあり、村内だけでほぼ生活が完結する。村人は毎日、13の作業班(調理や配膳の手伝い、風呂場の掃除、パン焼き、野菜や果物づくり、編み物、陶芸、洗濯、切手整理など)に分かれて作業し、職員は村人の補助をしている。

 

村の一日は、朝6時の起床から始まる。7時20分のチャイムで食堂に移動し、朝礼と朝食を終えたあと、8時半から昼まで班に分かれて作業を行う。正午から食堂で昼食。午後1時45分〜4時半まで再び午後の作業。5時になると、各寮で集まって夕食をとり、そのあとは自由時間。9時就寝という流れだ。

 

「みんな素晴らしい才能を持っています。職員が“してあげる側”、村人は“してもらう側”と考えがちですが、決してそうじゃありません。私自身も、村人の方に教わったこと、助けられたことがたくさんある。お互いに足りないところを補える社会になれば、この村は必要なくなるはずなんです」

 

かにた婦人の村の施設は、老朽化のため、今後3年ほどかけて建て替えられる。高齢化した村人が生活しやすい施設にするためには資金もかかる。だが、国から費用の全額が拠出されるわけはなく、寄付に頼らなければならないのが現状だ。

 

「家族にも社会にも疎外されてきた人たちが、どういう気持ちで生きてきたのか。それを想像すると、時間がかかっても、みんなで居場所をつくらなくてはいけないと思うんです。そのためには、相手を信じ抜く、ということが大事。たやすく信じられる人を信じるということではなくて、信じえがたい人こそ信じる。それが、かにたの精神です」

 

“底点”の人々が育んできた、かにたの精神は、弱者切り捨てが進む日本社会を照らす灯火になるはずだ。

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