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「もし父ちゃん、いなくなったらどうするの?」

 

「地図を描くよ」

 

「どこの?」

 

「おうちから駅までの! だって父ちゃん、道に迷っちゃうんでしょ」

 

お風呂場で交わした父娘の会話。8歳の娘の無邪気で優しい言葉に、がんと闘う父親の心は、思わず和んだはずだ。だが、同時に、不安もよぎったというーー。

 

「キャンサーペアレンツ」は、子どもを持つがん患者が、自由に意見を発信して情報交換できる会。運営する西口洋平さん(37)は、冒頭の経験を振り返る。

 

「わかってないなあって(笑)。娘は“いなくなる”の意味を理解できていなかったんです。とはいえ、子どもに深刻な病状をわからせていいのか、それを知ったとき、娘はボクを見る目が変わるんじゃないかという心配もありました。だから、このやり取りを切り出すときも、かなり勇気を振り絞ったんですけどね。子どもにがんを伝えるべきなのか、どのように伝えたらいいのか、がん患者にとって、大きな悩みだと思います」

 

西口さんの人生を大きく変えたがん。予兆があらわれたのは、’14年の夏だった。

 

「なんとなく体調がすぐれず、下痢が続いたんです。仕事のストレスかなと思っていたんですけど、それから半年ほどで65キロあった体重が60キロに。詳しく検査をして、ようやく胆管に悪性腫瘍の疑いがあることがわかりました。正直“死ぬのかな”以外、何を考えていたか覚えていません」

 

すぐに12時間を要するような大手術の予定が組まれたが、がんはかなり広がっており、わずか2時間で終了。突きつけられたのは、「ステージIVの胆管がんで、5年生存率は数%」という事実だった。

 

「誰もが死ぬことはわかっていても、健康な方たちよりもずっと死を身近に感じています。明日、明後日に何かが起こることはないでしょうが、自分に5年後、10年後があるのか考えると、怖くなります。娘が小学校を卒業するとき、成人式を迎えるとき、そばにいたいですけど……」

 

だからこそ、これまで何気なく送ってきた家族の時間も、いとおしいものとなった。ただ、子どもにがんを伝えることは正しいのかーー。西口さんは答えを見つけたくて、キャンサーペアレンツを立ち上げ「がん患者のコミュニケーションに関する実態調査」を行ったのだった。

 

アンケートの結果、73%が子どもにがんであることを伝えており、そのうち87%もの人が『伝えてよかった』と回答している。逆に『伝えなければよかった』という回答は皆無だった。

 

「ボクは『がん』という病名を娘に伝えられませんでした。ただ、告知から半年ほどして娘とテレビを見ているとき、あるタレントががん告白をしたところ、娘が『父ちゃんと同じ病気だね』と言ったんです。どうやら妻が、病名を話してくれたようです」

 

その後、娘に“変化”が起きたという。西口さんは週1回、抗がん剤治療を続けている。そのときは免疫力も落ちるため、生魚などは食べないように言われている。

 

「娘は『今日はおすしを食べたい』ってついつい言うんですけど、ボクがぐったりしていると『あっ、今日は治療の日だったね。おすしは今度でいいや』って、それなりに気を使ってくれる。ありがたいですね」

 

徐々に受け止めつつある娘の姿を見て、がんと伝えてよかったと感じるそうだ。

 

「自分自身の気持ちが楽になった部分もあります。ただ、この問題には正解はありません。アンケートもあくまで調査結果であり、判断材料の一つだと考えています」

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