更年期障害の治療法として知られている女性ホルモン補充療法(略してHRT)は、「乳がんのリスクが高いから怖い……」と思っている人も多いのではないだろうか。
この情報は’02年にWHI(女性の健康イニシアティブの略。米国国立衛生研究所による女性の健康に関する研究プログラム)が、「HRTは乳がんリスクが高まる」という発表をしたことによる。
しかし、この研究は、本来であれば40~50代にHRTを開始した女性を対象にすべきところ、60歳を過ぎてから始めた女性を対象とした、少し的外れな調査だった。
その後WHIは’16年、一転して「HRTによる乳がんリスクは少なく、かつ、HRTはさまざまながんや骨粗しょう症、動脈硬化、うつ、認知症などの予防になる」と発表、日本でも日本産婦人科学会が’17年11月に「ホルモン補充療法ガイドライン2017年版」で報告をしている。
女性ホルモン補充療法の第一人者、小山嵩夫先生(小山嵩夫クリニック)は「ポイントは2つある」と話す。
(1)乳がんのリスクは少ない。
(2)HRTの効果は、更年期障害の改善、骨粗しょう症の予防のほか、動脈硬化の予防、がん(大腸がん、胃がん、肝臓がん、食道がん、子宮体がんなど)のリスクの低下、認知症の予防、うつの予防、といった予防治療薬としても全面的に見直されている。
HRTは、更年期障害の症状を緩和するだけでなく、閉経後の老化現象の予防もできる療法だと“推奨”されるようになったのだ。だが、こうした経緯から、回り道をした人も少なくない。
三池直子さん(仮名・47歳)もそうした経験を持つ一人。彼女は5年前のある朝、突然起きられなくなった。
「起きなきゃと思っても、体が重たくてベッドから動けなくなったんです」
何か体がおかしいと感じるようになったのは40歳を迎えたころ。明け方に、胸がギューッとつかまれたような痛みを感じるようになった。だんだん「狭心症では?」と怖くなり循環器内科を訪ねたが、検査結果は「異状ナシ」だった。
胸の苦しさは続き、何度も早朝に目を覚ます。疲労が蓄積していき、頭痛、肩こり、腰痛、耳鳴りなど不定愁訴に悩まされるようになった。
「やる気が起きないうえに、予定どおりに進まないと落ち込むんです。かと思えばイライラして何でもないことで夫に当たってしまったりして」
どこの病院へ行っても、原因は不明のまま。そんなとき、知人に誘われて更年期障害の公開講演会に参加した。そこで「自分と似たような症状」の体験者たちの話を聞いてあぜんとする。
「これ、まるで私のことじゃないの……」
更年期にはHRTが効果的なことを知り、早速治療を始めることに。
「効果はすぐに表れました。よく眠れるようになって」
1週間ほどで、ほとんどの不定愁訴もなくなった――。
このようなケースは珍しくないと、小山先生は言う。
「直子さんの症状はどれも更年期障害の初期の症状です」
更年期障害の原因は、環境による因子、気質や性格による因子、ホルモンの変化による身体的な因子と、3つが定義される。
40~50代は、子どもが受験や多感な思春期を迎える、親の介護が始まる、夫あるいは自分も職場での立場が変わるなど、人生のターニングポイントを迎える年代。
身体的にも閉経に向けての準備が始まるが、環境要因のストレスでホルモンの減少を加速化させる場合がある。
「HRTを始めるのは、45歳が1つの目安です。女性の約9割が45~55歳までの間に閉経を迎えます、閉経後はエストロゲンが急激に減少しますので、閉経後10年以内にHRTを行うべきでしょう。老化が進んでしまってからでは、そこから先の老化を抑えることはできても、元には戻りません。45歳くらいからHRTを始めると更年期障害のつらさを経験せずに過ごせます。遅くとも50代のうちに始めておくと、老化を遅らせる点からも非常にメリットが高いと思われます」(小山先生)