遠隔診療で広がる新型終末医療「最期の瞬間を故郷の家族と」
遠隔診療を使って新しい終末医療に挑む内野先生。

新型コロナの影響で、「遠隔診療」という言葉が広く認知された。この遠隔診療を使って、新しい終末医療に挑む医師がいる。東京都葛飾区、金町駅前脳神経内科の内野勝行院長(37)だ。この試みによって、患者は残された時間を病院に縛り付けられることなく、”最後の望み”を叶えられるようになるのだという。

 

内野医師の求める終末医療にはマンパワーがいる。そこでタッグを組むのが、「かなえるナース」という看護師の付き添いサービスを提供する、株式会社ハレの代表で看護師の前田和哉氏だ。前田氏は、依頼人のニーズや状態に応じてオーダーメイドな看護を実現する。

 

しかし、一般的に入院患者の付き添いサービスには1つ障壁がある。「退院できない」ケースがあるのだ。責任を回避したい病院側が、リスクの高い患者の退院を認めないことがあるからだ。そこで内野医師が鍵となり、医療者の常識の枠を超えた挑戦をする。

 

■末期がん患者が20年ぶりに故郷・沖縄へ

 

60歳の山下幹雄さん(仮名)は、20年前に親と絶縁して沖縄を飛び出し、都内で職を転々としてきた。3月下旬に病院に運ばれた時には、ステージ4の末期がんに全身が侵されていた。余命は半月、もって1カ月と宣告された。

 

姉の静江さん(仮名)が病院に駆けつけた。高齢の両親は共に足が悪く車椅子で、沖縄を出ることができなかった。幹雄さんは、「最後に沖縄に帰って、両親に会いたい」と告げた。

 

静江さんは病院に退院の希望を伝えた。病院側は、一度は許可したものの、幹雄さんの容体が悪化。「移動中に何かあっても責任が取れない」と、許可を取り消した。そこで、静江さんはすがる思いで「かなえるナース」に依頼。前田氏は、すぐに内野医師に連絡し、「残された時間は少ない」と告げた。

 

そこからはスピード勝負だった。内野医師は幹雄さんを遠隔で診療。幹雄さんはほとんど会話ができないほど衰弱していて、うなずくのが精一杯だった。代わりに静江さんが「本人の希望通り、沖縄に帰したい」と画面越しに家族の決意を伝えた。

 

しかし、主治医でなければ退院の許可が出せない。それならばと、内野医師自らが幹雄さんの主治医になったのだ。これで退院の準備は整った。

 

そのわずか2日後、3月30日の朝6時、幹雄さんと静江さんは沖縄に向けて出発した。24時間体制で前田氏が付き添い、内野医師も遠隔で診察を続けた。

 

飛行機が那覇空港に到着すると、ゲートには幹雄さんの両親が迎えに来ていた。幹雄さんは最後の力を振り絞って父と抱き合った。20年ぶりに家族全員が集まった瞬間だった。幹雄さんはそのまま地元の病院に入院し、翌々日、息を引き取った。故郷の地で、家族に見守られながらの最後だった。

 

■「最後にタッチした人が”負け”」

 

内野医師は、男性を退院させるとき、元の主治医から「なぜこんなリスクの高いことをするのか?」と問われたと言う。

 

「『医療の革命です』って答えたら、苦笑いされましたよ(笑)。リスクしかないことは承知しています。言葉は悪いですが、最後にタッチした人が”負け”なんですよ。病院の先生だって患者さんの望みを叶えたいという気持ちはあるんですが、リスクは冒せない。でも、僕が主治医になれば、病院は責任から逃れられるので退院させられます。僕のクビくらい、別にいいんです」

 

実際、訴訟のリスクはある。幹雄さんのケースでも、事前に免責の同意書にサインはもらっているものの、「実際に効力はない」と内野医師は言う。ジュネーブ宣言によって、弱い立場である患者は、インフォームドコンセントによるいかなる同意も撤回できるという決まりがあるからだ。つまり何かあった場合、患者側が訴えれば、退院を許可した内野医師が”被告”になることは避けられないのだ。では、なぜそこまでするのか。

 

「終末期や急性期医療をやっている人は絶対に”ある壁”にぶつかるんです。救命は全力でやります。それ自体は崇高なことです。でもそれは生命の維持が目的で、その人の人生や精神は見ません。ただ助ければいいのかという無力感が拭えない。綺麗事だけでは済まされないんです。1日でも長く心臓が動いていれば、それでいいのかって考えてしまうんです」

 

そんな葛藤を抱える内野医師の転機となる出来事があった。

 

■遺族からの訴訟を覚悟した「お花見外出」

 

「いわゆる”看取り病院”で院長をしていたときに、気管にチューブを挿していて食べることも飲むこともできず、半年間『死にたい』と言い続けているおじいさんに出会いました。ご家族とも相談して管を抜いたら、少し喋れるようになり、今後は『ビールが飲みたい』と言う。だからビールを飲ませてあげると、少しずつ元気になって、食事もわずかながらできるようになりました。そしたら今度は『花見がしたい』って言うんで、外出してお花見もしたんです。その日の夜に、その患者さんは亡くなりました」

 

内野医師は訴訟を覚悟した。しかし、翌日に驚いたことが起きた。

 

「家族親族が20人くらいで病院に来て、『ありがとうございます。こんな素晴らしい最後を迎えられるとは思ってなかった』と感謝の言葉をくれたんです。『これだ』と思いました。この人の最後の1週間こそが、”生きた”ということなんだと思いました」

 

責任を負う覚悟ひとつで、生かせる命がある。だから、内野医師は訴訟のリスクを恐れない。「むしろ訴訟になれば、社会問題として終末医療のあり方を問題提起できる」とさえ言う。内野医師は、遠隔診療で広がる終末期医療の可能性について次のように話す。

 

「最後のときをどう過ごすかという選択肢が増えます。今は、病院か、施設か、自宅のどこかで死を待つしかない人がほとんどです。遠隔診療なら自由に旅行も行けます。また、距離の制限がなくなるので、全国どこに住んでいても、好きな医師に診療してもらうことも可能になります。オンラインが進めば、閉塞していた医療に風穴が開くでしょう」

 

幹雄さんの家族から、内野医師のもとに感謝のビデオレターが届いた。

 

「家族が一緒の時間を過ごすのは絶対に無理だと思っていたので、夢のようでした」

 

内野医師は、「普段あんまり思わないんだけど、『医者をやっててよかったな』と思った」と素っ気なく言う。遠隔診療の浸透によって、終末医療の可能性が今後さらに拡がることになりそうだ。

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