80歳のスパイス屋さんが語る「老老介護でも夫婦円満」スパイスのある暮らし
画像を見る 庭ではミント、ローズマリー、バジル、タイムをはじめ、20種類ほどのハーブを育てている

 

■引退を考えた60代後半。思いがけない提案が!

 

カレー店のプロデュース依頼も来るようになり、“スパイスブレンダー”を名乗るようになっていた武子さん。だが、60代も後半を迎えるとーー。

 

「だんだん疲れやすくなり、脊柱管狭窄症で足腰もきつくなってきました。仕事のしすぎで過呼吸になったことも。

 

『これまでよう頑張ったけん、これくらいでいいだろう』と進夫さんにも言われて」

 

“引退”を考えるようになった武子さんだったが、思いもかけない提案が舞い込んでくる。

 

「もったいない。やめないで。武ちゃんのカレーやハンバーグ、こんなにおいしいのは、ほかにない」

 

姪っ子の荻野みどりさんが、そう引き留めたのだ。武子さんのスパイス料理を幼いころから食べて育ったみどりさんは、東京で食品会社を起業。ココナツオイルの販売で業績を伸ばし、「次は地元・久留米のために何かしたい」と考えていたところだった。

 

「お店をつくろう。スタッフを雇って、武ちゃんは主宰者でいればいい。スパイス店を開いて、人を元気づける武ちゃんの話を、若い人にも聞かせたい」と、みどりさん。進夫さんにも「武ちゃんと一緒につくりあげてきたものがなくなるのは寂しいでしょ? 世の中には武ちゃんのスパイスを欲しがっている人や、まだ知らない人がいっぱいいるんだよ」と訴えた。

 

「みどりの説得に、頑固な進夫さんも『しょんなかたい(しょうがない)』と、白旗をあげたんです(笑)」(武子さん)

 

こうして2015年、武子さんがオーナーを務めるスパイス専門店『TAKECO1982』がオープン。主力商品となるカレー粉には「NOBUO’S BLEND」と進夫さんの名がつけられた。これこそが先述の、進夫さんのアイデアで誕生した「吉山式カレー粉」。この店はまさに、夫婦の“スパイス人生”の結晶なのである。

 

■「もしお店がなければ私はつぶれていたかも」

 

ところが、このころから進夫さんに、アルツハイマー型認知症の症状が現れ始めた。

 

「穏やかで優しかった進夫さんが急に暴言を吐くようになり、物忘れもひどくなっていって……」

 

病院で検査し、薬を処方してもらったことで症状は緩和したが、現在、進夫さんは要介護3。週4~5回のデイサービスに加え、ショートステイにも出かけている。

 

「『施設に入居させたら』と言われることもありますが、私のことを支え、スパイス人生を一緒に歩んでくれた人。今度は、私が支えたいし一緒にいたい。といっても、84歳の夫と80歳の私の老老介護は綱渡りのよう。毎朝、目覚められたことに感謝しています」

 

武子さんの毎日にはスパイスとハーブ、そして進夫さんへの愛があふれている。

 

「介護は愛がないとできません。料理と同じなんですよね。そして、店は私の生きがい。もしお店がなければ、介護だけの毎日だったら、私はつぶれていた気がします。姪っ子をはじめ支えてくれている人たちには、本当に感謝しています」

 

そんな武子さんには、80歳にして新たな夢も芽生えている。

 

「この3年間、コロナ禍もあって、料理教室を開催できませんでしたが、築83年のわが家をリフォームすることもできました。まずはこの家で、進夫さんと手を取り合い、一日でも長生きして、おいしいものを食べてもらいたい。

 

それから新しいキッチンで動画を撮り、YouTubeで配信して、スパイス料理を教えたい。全国のお母さんや若い人たちにスパイスの魅力を知ってもらい、元気になってほしいのです」

 

武子さんと進夫さんはこれからも、甘~いスパイス人生を、共に歩んでいくことだろう。

 

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