思い出の品物を見せてほしいとリクエストすると、最愛の人と撮った写真を机に並べてみせた。 画像を見る

「これは……、後ろに船が写ってるから横浜かなぁ。結婚前のデートのときですね~」

 

思い出の品物を見せてほしいとリクエストすると、女性は少し照れくさそうにしながら、最愛の人と撮った写真を机に並べてみせた。

 

「笑顔が本当に素敵な人なんです」

 

と、じつにうれしそうに話す。その瞳には、ハートマークが浮かんで見えるようだ。

 

「それで……こっちは結婚前に、主人に宛てて出してた手紙です」

 

彼女はこう言って、今度は大量の封書を、ドサッと机に置いた。

 

「遠距離恋愛でしたから毎日欠かさず1通、手紙を出していたんです」

 

乙女のようにほほえむのは佃祐世(さちよ)さん(48)。そして、佃さんからあふれんばかりのラブを注がれたのが、夫の浩介さんだ。

 

「当時、彼は司法試験の勉強のまっ最中。電話だと大事な勉強時間を削ることになって、申し訳ないので。思いの丈は全部手紙に込めてたんです」

 

そんな、心遣いが奏功してか、浩介さんは司法試験合格を果たし、その翌年、2人はめでたくゴールイン。浩介さんは裁判官に任官した。

 

でも、永遠に続くように思われたラブラブな日々は、唐突に幕切れを迎える。浩介さんが突然の病いに倒れ、つらい闘病のさなかに自ら命を絶ってしまったのだ。佃さんは悲しみのどん底に突き落とされた。それでも、立ち上がることができたのは、最愛の人の遺志を継ぐと決意したから。

 

「夫が亡くなってから私には、記憶がまったくないんです。もちろんお葬式もきちんと出したはずなんですが、覚えてない。大切な人がいなくなったという喪失感で、今度は私の心が壊れちゃってました」

 

それから迎えた、四十九日の法要のとき。僧侶の読経が終わるころ、佃さんの脳裏に半年前の出来事がよみがえってきた。

 

「あれは、浩介さんが東京の病院に入院中のこと。体調がいい日に外出許可をもらって、2人で病院の近くの公園を散歩したんです。イチョウの黄葉がとっても奇麗だったの、覚えてます」

 

夫の車いすを押していると、彼が不意に、こんなことを言った。

 

「司法試験、受けてみないか?」

「うん、いいよ」

 

とくに深く考えもせず、そう答えると、彼は振り返って「約束だよ」と、ほほ笑んだのだ。

 

「あれは浩介さんから私へのメッセージだったんだと思ったんです。彼との約束を果たしたい、彼の志を継ぎたいと。そこからはもう必死でした」

 

佃さんは司法試験を受けると心に誓った。とはいえ、このとき35歳。4人の子供を、しかも1人は乳飲み子を抱えた専業主婦が、簡単にできる決断ではない。

 

「もう何かにすがらないと、私自身、生きていけない、そんな思いでした」

 

次女におっぱいをあげながら、もう片方の手で教科書を開いた。子供が風邪をひけば、病院の待合室で問題集を解いた。こうして彼女は法科大学院を経て、3回目のトライで司法試験に見事、合格を果たした。最愛の夫の死から5年。佃さんは40歳になっていた。

 

「墓前に報告に行きました。『なんとか約束、果たせたよ』って。きっと褒めてくれてたと思います」

 

司法修習のときから、考えていた。40代、人よりもずっと遅れて弁護士になる自分に、いったい何ができるのかを。

 

「もしかしたら、私と同じ境遇の人たちのためなら、40年間の人生経験が、浩介さんと2人で頑張ったあの日々が、生かせるのではないか、そう思ったんです」

 

司法修習を経て、弁護士になった佃さんは、自死遺族支援弁護団に参加。自死で家族を亡くした人たちの救済に尽力している。そんな佃さんが最も危惧しているのが、現在のコロナ禍で今後、自死者が増えること。

 

「生活支援の電話相談会でも、コロナ関連と思われる相談を耳にしました。行政からの給付金などもなくなり、生活資金が底をついてくるこの9月以降、要注意だと思っています。経済的、精神的に追い詰められてしまう人が増えないことを、切に願っています」

 

「女性自身」2020年9月15日号 掲載

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