7月10日投開票の参議院選挙は、与党がアベノミクスを前面に打ち出し、安倍首相の悲願である「憲法改正」の争点化を巧妙に避けた結果、衆議院でも参議院でも改憲勢力が3分の2を占めるという戦後初の事態が出現する結果となった。東京大学大学院総合文化研究科教授の内山融さんは、安倍首相が描くシナリオを次のように予測する。
「まず今秋に開会する衆参国会で、議席を持つ各政党の議員で構成される憲法審査会が開かれる見通しです。この憲法審査会で改正項目についての議論がなされます。それには半年から1年近くを要するでしょう。こうして作成された憲法改正原案が衆議院100人、参議院50人以上の賛成で国会に提出され、衆参で3分の2以上の賛成を得て可決すると『憲法改正の発議』となり、180日以内に『国民投票』が実施されます。この国民投票で過半数を得れば、憲法改正が実現します。安倍首相は任期満了となる’18年秋口までに行いたいはずです」
与党は果たして、どの条文から「改憲」を迫ってくるのだろうか?内山さんはこうみる。
「任期満了までの“本命”は『緊急事態条項』でしょう。これは現行憲法にはなく自民党改憲案に新しく追加された条文案で、いわゆる『加憲』のひとつとなります」
その改憲案を要約すると、「首相は日本への外部からの武力攻撃、内乱などでの社会秩序の混乱、地震などによる大規模な自然災害などの『緊急事態』が起きた場合、緊急事態を宣言することができ、『法律と同一の効力を有する』政令を制定できる。その際、国民はそれに従わなければならない」というものだ。
「この案で書かれている『大災害』というと、すぐに思い出されるのは『3・11』東日本大震災でしょう。あれほどの大災害においては、と前提されると『仕方ないよね』となってしまう向きもあるでしょう。それを隠れみのに首相に権力を集中できるシステムが作られてしまうのではないかという危惧があります」
さらに、内山さんは続ける。
「それが無理なら、与党・公明党が掲げる『環境権』や『知る権利』など、憲法には直接書かれていない部分の条文化という意味での『加憲』を目指すはずです。しかしこれは国民からすると『権利の確保』に当たりますから、アレルギーはほとんどない。これを通すことで『改憲』の事実が得られれば、安倍首相としては大満足ではないでしょうか」
神戸女学院大学名誉教授で思想家・武道家の内田樹さんは、次のように語る。
「安倍首相には任期というタイムリミットがあります。次の衆院選で3分の2取れる保証もない。だから、短期決戦に出てくるはずです。9条や基本的人権の尊重などに手をつけると国論を二分する騒ぎになる。それを調整するだけの時間的余裕が政権にはありません。ですから憲法本体には手をつけず、『緊急事態条項』の『加憲』の一点張りで勝負に出ると予測しています」
そして、内田さんはこう読者に提言する。
「『緊急事態条項』を通せばそれから後は何が起きようと総理大臣がこれは『緊急事態』だと認定すれば、憲法が停止できます。政府の出す政令が法律に代わる。つまり、事実上の独裁体制が成立します。緊急事態条項というものを国民は震災や津波のようなときに行政府に権限を集中する緊急避難的措置のようなものだと理解しているでしょうけれど、その本質は憲法停止の条件を定めたものです。『改憲』ではなく『廃憲』です。緊急事態条項さえ通せば、総理大臣は憲法を好きなときに停止できる。つまり国民主権・立憲主義をうたう憲法の全体が無効化されるということです。改憲の“本丸”は『緊急事態条項』です。9条などで収拾がつかなくなったときに『では、どなたも異論のなさそうな緊急事態条項を加えるというところで妥協します』と引き下がるポーズをしてみせて、全権委任を手に入れる。官邸は今そういう絵を描いているはずです。ですから、『緊急事態条項』だけは絶対に通さないという強い意志を、読者のみなさんが持っていてほしいと思います」