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認定NPO法人「いわき放射能市民測定室たらちね」と「たらちねクリニック」。原発事故後、地元の母親が立ち上げた施設は専門の研究者から注目を集める。「自分たちで子どもを守るしかない」という母親たちの危機感が原動力だった――。

 

「原発が爆発して、普通に呼吸していいのか地元の野菜や魚を口にしていいのか、わからない状況なのに、誰も放射能の話をしたがらない。子どもたちを守る情報を得るためには、自分たちで測定するしかなかった」

 

7年前の東日本大震災当時の思いについて、そう語るのは、認定NPO法人「いわき放射能市民測定室たらちね」(以下、たらちね)と「たらちねクリニック」を立ち上げた鈴木薫さん(52)。

 

たらちねは、福島第一原発から約50キロの福島県いわき市小名浜にある。スタッフは、クリニックの院長をのぞいて、すべて女性。多くが母親で、鈴木さん自身も2児の母だ。3.11後、各地に市民放射能測定室が立ち上がった。たらちねは、その中でも放射線の専門家や医師たちから一目置かれる存在だ。

 

というのも、最先端の放射能測定器を、日本で初めて導入。大学などの研究機関でも測定が難しいベータ線を発する放射性ストロンチウムやトリチウムという放射能を、母親たち一般の人々が測定しているからだ。ストロンチウムは、体内に入ると骨に取り込まれてがんの原因に。トリチウムは、低濃度でも、染色体異常を引き起こす一因になる危険性が指摘されている。

 

原発事故が起きた’11年の11月。鈴木さんは地域の母親らと共に、たらちねをオープンした。チェルノブイリ原発事故の経験から食品の放射能の測定が必要だと考える人々が、測定器の寄付を申し出たことがきっかけだった。そして、「子どもの未来のため」と妥協を許さないお母さんスタッフたちは、測定室を開設して2年ほどたった’13年、専門機関でも測定が難しいベータ線測定をすべく準備を始める。

 

「最初、たらちねがベータ線の測定を始めると聞いたときは、“幼稚園児がロケットを操縦して宇宙に行く”ほどむちゃなことだと思いました。正確な測定結果を出すまでに訓練が必要だし、それ以前に、測定器の購入だけでも1,000万円以上かかりますから」

 

たらちねのサポーターで、放射能測定が専門の東京大学環境分析化学研究室・助教の小豆川勝見氏は、そう当時を振り返る。鈴木さんは、講演会や、インターネットの動画などで、測定の必要性を広く訴えた。

 

「ベータ線を発するストロンチウムやトリチウムの測定には手間もお金もかかるので、国でも、決まったものしか測定していません。検査機関にベータ線の測定をお願いすると、かぼちゃ1個を測るのも20万円かかる。セシウムだけではなく、身近に飛散しているストロンチウム90やトリチウムを測定しなければ、子どもたちを取巻く環境の汚染を知ることはできないと思い、スタッフ一同、その測定を行うことを希望しました」(鈴木さん・以下同)

 

その純粋な思いは、多くの人の心をつかみ全国から寄付が集まった。数千万円を超える国内外からの寄付で、たらちねは、最先端のベータ線測定器を、日本で初めて導入した。’14年12月、「ベータ線ラボ」を開設。測定室を併設した、認定NPO法人としては初の「たらちねクリニック」を開設したのは昨年6月のこと。

 

「たらちねでは’13年から、被ばくによって増える可能性がある“小児甲状腺がん”の検査を定期的に実施してきたので、すでに診療所を開くための資格は取得していました。でも、クリニック開設に踏み切ったのは、ここ数年、抗アレルギー剤や抗うつ剤などを服用する子どもが、周りで増えたからです」

 

県内には、いつでも検査が受けられて、気軽に被ばくの心配が相談できる医療機関が、とても少ないこともクリニックを開くキッカケのひとつだった。

 

たらちねクリニックでは4月から、甲状腺エコー検査に加えて、尿中セシウムの検査や心電図、血液検査などが、まとめて受けられる“子どもドック”を開始する。18歳以下の子どもは無料で実施予定だ。検査や測定にかかる費用は、寄付金でまかなう。

 

鈴木さんが、最近とても気になっていることがある。それは、内部被ばくを測る“ホールボディカウンタ”の検査を受けにクリニックを訪れる原発作業員の中に、20代前半の若い人が増えたことだ。

 

「福島県や福井県の高専では、廃炉作業に従事する人材の育成が始まっています。なぜ、原発立地県の子どもだけがこの問題を背負わないといけないのでしょうか」

 

何十年、何百年とかかって、廃炉作業が終わり、汚染がなくなるまで、重い負の遺産を背負って犠牲になるのは、原発事故の時に責任のなかった子どもたちなのだ。

 

「原発事故から7年たっても測り続けるのは汚染や被ばくの現状が続いているから。放射能を測らないということは、生きることをあきらめることです。私たちにできることは限られていますが、できることをできるところまでやっていきたいと思っています」