戦後の混乱期、13歳で花を売り始めて68年。最後の“銀座の花売り娘”81歳
画像を見る なじみ客の清武さんと「3日前、さっぱり売れなくて困っていたら、清武さんが2回も来て全部買ってくださったの」

 

■コロナで変わったけど、やっぱり銀座は粋で特別な街

 

木村さんは19歳で花売りを辞め、結婚、離婚を経て、さまざまな職を経験。

 

ある日、銀座の街を歩いていたときのことだ。

 

「昔やっていた花売りがまだいるじゃないの。『これだ!』と思ったのね。人に使われて地下で食品を売るより、一人で花を売るほうがお金になる。銀座は道が広くてきれいだし、日本の最先端の人たちを眺められるし、なんといっても“昔取った杵柄”でしょ(笑)」

 

昭和58(’83)年、41歳で木村さんは花売りに復帰したのである。

 

現在、木村さんは大田区の平和島公園近くの一軒家で、派遣社員の長女と2人で暮らしている。母親が70歳で病死後に、花を仕入れる大森市場近くの南馬込に引っ越したが、市場の移転に合わせて平成元(’89)年、築20年だったこの家を購入したのである。

 

朝6時半に家を出て車で大田市場に行き、7時から始まる花のセリに参加。それから家の玄関脇にある作業場で、3千円の花束を8個、1千円の花束を10個、1時間から1時間半かけて作るのが日課だ。

 

「3千円で売る花束の仕入れ値は2千円ほどだから、10束売れると儲けは1万円ほどね。私が食べていく分は出る。私は花が好きだし、売ることも好きだし、子供のころから居慣れてる銀座が好きなのよ」

 

元気の秘訣を尋ねると、「青森のにんにく!」と即答。土日祝日は、スポーツクラブでのヨガやサウナのほか、平和島公園でサイクリングをしたり、図書館に行ったりという充実ぶりだ。

 

「父も元ダンナも70歳で病気で亡くなった。あんな父でも病院には姉妹が順番で看病にいったのよ。でも亡くなっても悲しくなかった。長男だけは結婚してるけど、孫はいない。私も欲しいと思わないし、息子たちには市場で買った正月用のおいしいものを送るくらいでめったに会わないわ。娘にも早く出ていってほしい(笑)。姉が一緒に老人ホームに入ろうなんて誘うけど、まっぴらごめんよ。私は身ひとつで自由なのがいちばんいい」

 

銀座での取材を終えて記者が帰宅したのは夜11時過ぎ。木村さんは寒空の下で一人、まだ花売りをしているのだろうかと案じていたときだった。木村さんから電話が入った。

 

「あれから岩城滉一さんが来て、花を全部買ってくれたのよ! コロナで銀座は変わったけど、やっぱりここは粋で特別な街ね」

 

銀座で生き抜く木村さんの声は、誇らしげに弾んでいた。

 

【後編】最後の“銀座の花売り娘”81歳。作家・伊集院静さんとの路上での“対決”に続く

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