村治佳織インタビュー 若手実力派クラシックギタリストが奏でる名曲たち
ギター1本で多才な音色を奏でる、若手実力派のクラシックギタリスト村治佳織(32)。「ギターで聴きたい名曲たち」というコンセプトをもとに洋楽ポップスからクラシックまでを網羅した前作『ポートレイツ』に続く、第2弾『ソレイユ~ポートレイツ2~』は、聴く人々を元気にさせ、前向きな気持ちへと誘う全13曲収録のアルバム。究極の癒しがいっぱい詰まった一枚。必聴です!
―― 海外にも活動の拠点をもたれている村治さんですが、現在はどちらに?
村治佳織さん(敬称略 以下村治) 演奏会などもあって、今は日本にいますが、生活の拠点は海外にもありまして、行ったり来たりしています。
―― 東京の下町ご出身だそうですね。
村治 はい。浅草も近いですし、両国にも近いところです。ビルが建ってしまったので、浅草の花火大会が自宅からは見えなくなってしまいましたけど、散歩コースには、屋形船が見えたりするんですよ。
―― それは素敵ですね。前作に続き、今作もイギリスでレコーディングされたそうですね。
村治 前作で使用したスタジオはもともと納屋だったところで、周りにはウサギがいたりアヒルがいたり、まるでピーターラビットの世界(笑)。のどかで、非常に環境のいい場所だったんですが、ロンドンからは遠く、車で3時間以上も離れていて少し不便だったんです。今回はロンドン北部、中心部のオックスフォードからも30分ほどで行ける、ハムステッドという場所でレコーディングしました。大きな教会をまるごとスタジオに改造したところで、天井が高く、音が良く響くんです。晴らしい空間で、雰囲気のいいこの場所でのレコーディングは最高でした!
―― イギリスでのレコーディングは、アルバム制作において日本でのレコーディングとは違った効果が出るものなのでしょうか?
村治 そうですね、DECCA(英国の名門クラシックレーベル)がイギリスの会社なので、プロデューサーやエンジニアがイギリス人なんです。気心の知れたメンバーで7年くらい一緒にやっているんです。また、日本よりも湿気が少ないので、ギターの環境にも適していて、音もよく出るんです。生音をとても大事にしているので、そんな空間で音が出せるというのは大切なんですね。だから天井も高かったりするのでいいですね。CDで聴いたときもいい音で聴けます。
―― 今作『ソレイユ ~ポートレイツ2~』の収録曲の選曲はどのようにされたんでしょうか?
村治 例えば『ザ・ウェイ・ウィー・ワー(追憶)』は大好きな曲で、これは絶対に弾きたいとアピールしました(笑)。それからあまり知らない自分が生まれる前のポップスだとか、原曲を弾いていみたらいい曲だったりしたものなど、周りのいろいろな意見を100%受け入れてみました。
―― 今回は、初めてハミングにも挑戦されたそうですね。
村治 『エル・ディア・アンテス』というボサ・ノヴァ風な曲のなかで、ギターに合わせて初めてハミングしてます。ほんの、ちょっとだけで、聞こえるか聞こえないかくらいです(笑)。
―― 13曲目ですね。
村治 はい。オリジナルでもやっているので、そのまま生かしてハミングしようかと。自分から言ったわけではないんですけど、新しいことにチャレンジするのは大好きですし、何か新しい要素を加えたいと思いまして。ハミングといえば、カラオケも好きですよ!
―― カラオケではどんな曲を歌いますか?
村治 いろいろと歌いますよ~(笑)。どんな曲を歌うと思いますか?
―― そうですね~、以外なところをついて、ジャニーズなんかもいけちゃうんでしょうか?(笑)
村治 ハハハ・・・ジャ二―ズは歌わないですね。光GENJIは小学生の時のアイドルでしたけど、宇多田ひかるさんとか美空ひばさんの『愛燦燦』とか『お祭りマンボ』とか。MISIAさんのバラードも好きですね。
―― 今度機会がありましたら、是非聴かせてください。ところで、今年4月にお亡くなりになった劇作家の井上ひさしさんと村治さんとは、親交があったそうですね。
村治 私にとって、とてもお世話になった方だったんです。こまつ座の事務所が近所にありましたので、昔から井上先生が外を歩かれると、「ギターの音が聞こえてくるな」と思われていたそうなんです。まだデビューする前のことですが、近くの区民館でミニコンサートをしたとき、その情報が地元の新聞に掲載されまして、それを見た井上先生がふらっとやって来てくださったんです。受付をしていたうちの母や叔母が「作家の井上です」っておっしゃったので、びっくりして。それから交流がはじまり、デビューアルバムを出させていただくことになったとき、先生から「彼女の音は江戸前で歯切れがいい」とお言葉を頂戴したんです。今までそんなに下町育ちを意識したことがありませんでしたし、歯切れよく弾こうとしていたわけでもなかったんですけれど、そうやって先生が言ってくださって、「ああ、これが私の特徴でもあるんだ」って気づかせていただき、その後どんどん下町というところが好きになっていったんです。20歳を超えた頃、一度対談もさせていただいたんです。その時に、ある先生に「“この曲は失恋しないと弾けないよ”って言われたんです」ってお話ししたら「そんなことないよ、失恋なんかしなくたって弾けるよ」っておおらかに受け止めておっしゃってくださったんです。あれから10年くらいたって、大人になった今、またお会いしたいな~って思っていたところだったんですけどね。あの時の言葉を思い出して、「歯切れのよさを」を自分の中で大事にして、これからもいい演奏をしていきたいなと思いました。
―― 村治さんのホームページ『dulcinea』を拝見していたら、「音楽人生が新しい周期に入ったと」とありましたが、デビューされて17年の村治さんにとって、17年という月日はあっという間でしたか?
村治 う~ん、あっという間という感じではないんですけど、いろいろあった17年でしたね。最初はどうしてもギタリストになるんだという感じではなく、導かれるようにして、ギタリストになれた部分があるんですよね。
―― それはお父様の敷かれたレールとか?
村治 ええ、スタッフの方々にも恵まれまして。自分も成人をむかえ、これからはどんどん自分からも発信していきたいなと思いまして。それからは、外国に住んでみたりだとか、同世代の表現者の方たちとの出会いがあったりとか、いろいろなことがありました。20歳のころには、将来は勉強で留学するのではなくて、外国で生活してみたいな~と思いまして。最初はどこにしようか迷って、いろいろと考えて、パリもロンドンもドイツもよかったんですが、スペインのマドリッドにしたんです。人との出会いや、食べ物も美味しそうで、空も青くてすごく気持ちよさそうで、仕事じゃなく生活が楽しめそうだな~と思って。そんな生活を始めたのが3年前で、石の上にも3年とはよくいったもので、3年もいると人脈も広がってきますし、それがすごく気持ちよくて、自分が住みたいから住んでいるので、自然と気の合う人も生まれてきますし。
―― 接点を見つけたり、繋がりを感じたり・・・
村治 初めの2年くらいは1週間、誰とも会わない日があったりとか、日本とは違うゆったりとした生活があったんですけど、3年目になると友人ができて、またその友人が音楽仲間を紹介してくれたり、そんな流れができてきました。あまり演奏会もしていなかったんですが、“折角だからやってみなよ”とみんなが背中を押してくれているので、来年あたり、小さな場所でもいいのでやってみようかな?と思っています。
―― そうだったんですか。単純にお持ちのギターがスペインの方が作られたギターとお聞きしていましたし、スペインという場所がクラシックギターの演奏家には特別な場所だったり、縁があったりするのかなと思ったのですが。
村治 そうですね。勉強される方は、今ではドイツやフランス、イギリスが多いんですよ。あまりスペインは多くないんじゃないかな? でもフラメンコギターも盛んですし、ギターの音そのものはスペインで聴く機会が多いと思うので、ギターケースをもっていれば、「あれ? 何でギターケース持っているの?」と、反応があります。
―― 「どこかでフラメンコのショーがあるのかい?」とか?
村治 ハッハハ。なんでこの日本人のコが持っているのかな?ってみんな不思議がるんですよ!「いや、私のお父さんがギターの先生でね」って説明するんですけどね(笑)。
―― 今作で使用されているギターというのは?
村治 1990年に作られた楽器で、私はこの方の作ったギターを3本所有しています。年代も1972年、1990年、2001年とそれぞれで、ギターの性格も違うんですよ。ワインも、ワイナリーが一緒でも作り手によって違うじゃないですか?製作者も日々いろいろな刺激を受け、いろいろな人との出会いによってスタイルが変わってくるので、形も少し違いますし、90年はフランス語のようにちょっと鼻にかかった音がするときがあるんですよ。だから今回の選曲にどの楽器がいいかと選んだら、そのアルバムはそのギター1本だけで通すんです。
―― 村治さんは、演奏されるときにどんなことを大事にしながら演奏されているんでしょうか?
村治 クラシックは即興ではないので、いちばん大事なのは、練習中にどんなことを考えながら弾くかということですね。本番では練習してきたものをいかに上手く演奏するかに加えて、楽譜に書かれていない“間”を大事にし、そのステージにしかない閃きみたいなものや、そのときの雰囲気を楽しんで弾いています。ある時は、2000人のホールだったり、ある時は300人だったりと空間も違いますし、お天気でも変わりますし、お客さんの入り具合でも違うし、毎回違うので飽きることはありません。逆に毎回やっても違うので難しいなと。マイクを通さない生音も大切にしていますしね。
―― そんな村治さんのコンサートに行って、ギターの音色を聴いて癒されたり、元気なったというファンの方が大勢いるんでしょうね?
村治 「最初の一音を聴いて風を感じ、今まで絶望の淵にいたところを救われた気がした」といったお手紙をいただいたことがあります。そんなふうに感じてくださる方がいるんだということを忘れずに、これからも良質な音楽を演奏し続けていけたらいいな~、と思っています。
―― 村治さんにとって、“これは譲れない”という事や大事にしている気持ちはありますか?
村治 そうですね~、私の生き方でいいますと、ギタリストになったことも、流れに乗ってたどりついたものですし、あまりガツガツと目標を定めてやってしまうと逆に肩に力が入ってしまってうまくいかなかったりするんですよ。自分がどういうふうにやっていくのがいいかということを早く見つけて、目標は定めておくんですが、あまりこだわりを持たずにやったほうが、わたしの場合うまくいくんだなと思うんです。でもただ流されていくだけではいけないので、これからどうしていきたいのかということを考えてね。理想はすべての瞬間を楽しんでいたい、感謝していたいということなので、日々そうなれるようにと思います。
―― そうすると毎日、明日はどんな日がやって来るのかわからないという期待でいっぱいですね。
村治 最近、夜になるとワクワクして眠れなくて(笑)。気持ちを落ち着かせることが今の私の課題ですね。
―― そんな時はどんなことをされるんですか?
村治 いや~、無理やり寝るようにしています。無理やり目をつむって(笑)。また音楽を聴いたり、本を読むと寝られなくなるので(笑)。あっ、マッサージに行きますね。気を静めるためにも。もともと前向きな性格というのもありますけども、10年くらい前からマッサージに行くようになってから、小さなことを気にしないようになったり、自分でコントロールできるようになったのかなと思いますね。体と心はつながっているということを整体師の先生やいろいろな方がおっしゃっていて、心が疲れているな~と思っても、それは心のせいではなくて、体が硬くなっているからそう感じるみたいですよ。
―― 体をほぐせば、気持ちもほぐれるんですね。
村治 体の硬くなっているところをほぐせば、だんだんと考え方もほぐされていくみたいです。そういことをマッサージから学びました。
―― 村治さんはとてもお綺麗なので、どんな秘訣があるのかな~と思っていました。
村治 マッサージですね。マッサージがないと私は生きていけないかも(笑)。
―― では最後に、このアルバムの聴きどころ、是非この一曲というのがありましたら教えてください。
村治 この一曲!?そうですね~、どの曲にも思い入れがあるので・・・・。ギター1本で弾いていますが、ギターの音は非常に繊細で、じっと聴かないと聞きづらい音もあるんです。例えば、一人でちょっとボリュームを上げてじっくりと、音が向こうからやってくるのではなくて、こちらから音を聴きいれていく、そんな聴き方をしてみていただければいいな~と。あとはながら聴きとか、車の中、お友達とおしゃべりをしながら聴いてくださっても大歓迎です!
―― 1本のギターからの音とは思えない、テクニックですね。
村治 音という、言葉ではないものを通じてみなさんと出会い、みなさんは音を聴いて考えていることだったり、感性だったりとうまくマッチして、みなさんの生活に刺激をあたえることのできる助けとなれればいいなと思っています。
―― ご家族と一緒に演奏されることは今もありますか?
村治 小さなころに散々やってきましたのでね(笑)。最近はないですけど、今年の一月に弟と久しぶりにデュオコンサートをしたんです。秋にも予定されているんですが、来年以降もやっていきたいなと。弟だと家にいるので、階段の下から「今日はどこでやる?」「そろそろやるよ」と気楽に練習できるのでいいです。
―― この先も、年末までコンサートのスケジュールが詰まってらしゃいますが、意気込みのほどは?
村治 意気込み? 意気込みのほどは、意気込まずにやります(笑)。肩の力を抜いて。最近、同年代の方たちと演奏会をしたんですけれど、自分一人のコンサートと違った楽しいひとときでした。またそんな風な、いい空間を作っていけたらいいな~と思っています。
―― ありがとうございました。
【取材/ロミヒー・トンプソン】
【撮影/弥生】
むらじかおり★
‘78年4月14日東京生まれ。3歳より父・村治昇の手ほどきを受け、10歳より福田進一に師事。’89 年、ジュニア・ギターコンテストにおいて最優秀賞受賞を皮切りに、数々の優勝を果たす。’97年、パリのエコール・ノルマル音楽院に留学。’03年11月、英国の名門クラシックレーベル DECCAと日本人としては初のインターナショナル長期専属契約を結ぶ。現在、J-WAVE(FM)「三菱地所 CLASSY CAFÉ」マンスリー・ナビゲーターを務めるほか、雑誌でのエッセイ連載など、幅広い分野で活躍中。
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