連載第4回 政治と映画 実はアメリカを牛耳るスピルバーグ監督。その絶対パワーを生むからくり
スティーブン・スピルバーグ監督が、長年構想を温めた新作映画『リンカーン』に、アカデミー賞主演男優賞が与えられた。第16代アメリカ合衆国大統領①として奴隷制度廃止に尽力し、南北戦争を終結へと導いていくリンカーンの姿を描いたスピルバーグ映画は、当地ウォール街でも話題である。ウォール街の銀行トップも講演でしばしば尊敬する人物としてリンカーンの名を口にしている。なぜリンカーン映画が成功したのか?
理由は一つに集約される。それはスピルバーグ監督の天才パワーのおかげである。彼は単なる天才でなく、今やアメリカを代表する天才パワーなのだ。ユアサが大感激した講義は数多いが、天才スピルバーグ監督の講義は最高の一つだった。
以前、ハリウッドの脚本家に誘われてたまたま西海岸にいたユアサ②は、UCLAの課外授業でスピルバーグ監督の講義に参加した。彼の集中力を発揮したときの眼力というのは、まさしく天才のそれであった。ユアサの友人が、「あなたの独創性の秘密は、何なのですか?」と、授業中に尋ねたとき、スピルバーグ監督はちょっと考えて、「自分としては特別なにかがあるとは考えていない。むしろ、イマジネーション(想像力とか空想)みたいなものが、自分のまわりにふわふわ動いていると感じ、それをパッと捉えることが、(独創性を生むのに)大切なのかもしれないと思う」と、語っておいでだった。いかにも、スピルバーグ監督らしい、彼好みの言葉でいえば、『リアル』なハリウッド流答えだった。
ウォール街の〝マネーのプロ③〟としてユアサ的に言うと、ウォール街が最も高く評価する芸術家はスティーブン・スピルバーグ監督を置いて他にいないと断言できる。アメリカのマスコミは総じて、スピルバーグ監督個人のマネー価値は三千億円と表現する場合が多い。しかし、ユアサに言わせると、それは想像力のない小さな数字だろう。ウォール街から見ると、今日のハリウッドのイメージそのものがスピルバーグ抜きでは考えられないからだ。
だいたい日本の方々から見ると、〝ウォール街はリスクの代名詞〟みたいなイメージがあるだろうが、ウォール街から言わせてもらうなら、〝ハリウッドこそリスクのかたまり〟に見えている。ハリウッド映画の長年の実績からみると、たとえば1年に16本から18本の映画を制作するとして、そのうち1本のスーパーヒットがあり、あと2、3本の中程度ヒットがあれば、その年は〝上々の年〟となる。これはウォール街的な常識でみるとハイリスク業界のなにものでもない。
にもかかわらず、凄まじい大金がアメリカを代表する最も保守的なウォール街の大銀行群から、ハリウッドの映画界に流れ込んでいる。その中心にはスピルバーグ監督がいるとイメージしているからだ。
スピルバーグ監督というと、『シンドラーのリスト』以前、アカデミー賞委員会から敬遠されている感がアメリカ国内にはあった。しかし、今や真逆である。スピルバーグ監督抜きのアカデミー賞は、イメージしにくい。このことは、アカデミー賞委員会が変わったと見ることも、スピルバーグが変わったとも見ることができる。しかし、ユアサはアメリカが変わったから、いやそれどころか、スピルバーグ人脈がアメリカを変えたからだ!
と推理分析する。
1994年に『ドリームワークス』という巨大企業を創立したことを、スピルバーグ監督自ら「大きな賭けだった」と語ったことがある。『ドリームワークス』は、スピルバーグ監督を含め、三人のパートナーで作られた。かつてディズニーのナンバー3だったカッツェンバーグ④と、米国音楽業界の大立者「ゲフィン・レコード」のゲフィン⑤と立ち上げたことに端を発する。20年近い歳月をかけ、スピルバーグと仲間たち(以下、スピルバーグ人脈と呼ぶ)がアメリカを変えたのだ。
アメリカではキラーコンテンツの時代が、ネット時代とデジタル時代とともに合わせてやってきた。ネット時代とデジタル時代は必ずしも重ならないのだが、スピルバーグ監督の〝映画天才パワー〟とカッツェンバーグの〝デジタルアニメのパワー〟が接着剤として機能し、映画界とシリコンバレーとウォール街の3者を結びつけたのだ。
他方、スピルバーグとゲフィンは、映画業界と音楽業界やショービジネス界をウォール街と、さらにはアメリカの政治権力とまで結びつけた。つまり、スピルバーグ人脈は映画の都ハリウッドと、政治の中心ワシントンDCを直結させたのだ!
日本の人々は、いや多くのアメリカ人ですら、オバマが大統領になる前の民主党予備選挙で、本命ヒラリーを抜いて彼が選ばれ、さらには大統領にまで登りつめたきっかけを誰が作ったか知らない。あえてユアサが明かすと、それはスピルバーグ人脈の中心、ゲフィンなのだ。ビル・クリントン大統領を、かつてアーカンソー州時代に見いだした彼が、ヒラリー一辺倒だったハリウッドの流れに背を向け、オバマ支持に乗り換えたことが初の黒人大統領を生んだのだ。
すなわち、スピルバーグ人脈の表に出るスピルバーグと、徹頭徹尾舞台裏で、ディール・メーカーとして活躍するゲフィンというスピルバーグ人脈の盟友が、アメリカの政治を変えたとユアサは読む。ゲフィンはタレントのエージェント(日本でいうマネージャーのこと)出身なので、自分が見込んだタレントのためなら世界を相手にしても戦い抜く個性の持ち主。だからこそ、スピルバーグとの絆は完璧なのだ。
スピルバーグ監督の新作『リンカーン』は10年以上も構想を温めていたという。この作品がアカデミー賞主演男優賞をとったのが、スピルバーグ人脈が誕生の大きなきっかけを作ったオバマの時代というのも不思議な縁と思われてならない。すべての人が、人として平等であり、イマジネーションに支えられ、力を合わせる。それをスピルバーグ映画『リンカーン』は全世界に雄弁に語りかける。 (了)
①第16代アメリカ合衆国大統領
ちなみに、湯浅のアメリカンドリームの1つめはアメリカ大統領になること。2つ目はメガバンクトップになること。3つ目は湯浅卓になること
②西海岸にいたユアサ
このとき西海岸の美女から追い掛け回されて大変だったユアサ。「3分でいい。美女に追いかけられない時がほしい」のユアサ語録を残したのもまさにこのころ
③マネーのプロ
ロックフェラーセンタービルの売却などユアサの実績が物語ります
④カッツェンバーグ
後に、カッツェンバーグは独立し、創業パートナーのスピルバーグとゲフィンが創業会社ドリームワークスに残った
⑤ゲフィン
ブロードウェイ・ミュージカルの『ドリームガールズ』でもすごいパワーを出し支えた経歴の持ち主