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連載第10回
ニューヨーカーのバケーション

アメリカで「それって今、インだね!」といえば、ブームが来ている、という熱い言葉だ。夏休みの旅行先としてニューヨークのアメリカ人たちに、この夏イン(来ている!)なのは、どこの観光地だろう? とニューヨークのパワーとマネーの中心・ウォール街で友人たち男女多数に聞きまわった。

そのなかで、イチ押しだったのが、アンギラとベリーズ①だ。
甲乙つけられない、と誰しも言う。じゃ、なんでアンギラをベリーズの先に出したのかって? それは、アメリカでは何でもABC順だから(会社内の宴会やパーティーの招待状を兼ねたリストさえも、えらい人順ではなく、ABC順でのお国柄です)。

 

 

ところで、ユアサ自身の夏休み旅行のコンセプトは何なのか? というと、実は、長年、次の一つしかない!
『ユアサは、夏休みの旅行先は、完全に女性の友人たちまかせ』
なのである。こんな事を言うと、批難囂々かもしれないが、仕方ない。事実は事実なのだから。きっかけは、ユアサの西海岸でのUCLAロースクール時代だ。
「あ~あ、僕はペーパードライバーだから、車の国アメリカの西海岸にいても、女性をデートに誘えないなあ~」とつぶやいたとき、アメリカ人の友人弁護士が親切にもこうアドバイスしてくれたのだ。
「タカシ! アメリカでは、自動車の持ち主が君をドライブに連れて行くのが当たり前だ。君を好きになったアメリカ人女性が君を助手席に座らせ、ドライブデートでも旅行でもしてくれるよ」
よせばいいのに、ユアサは親友の軽口を真に受けて、以来、あっという間に30数年が経過した。だから、この年になっても僕は、夏休み旅行を友人であるアメリカ人美女ドライバーの横でエンジョイしている。相手変われど、主変らずどころか、相手変われど、助手席変わらず、である。

 

 

もちろん、ユアサはひもでもジゴロでもない。ちゃんと払うところは払っている。ただ、僕といると女性は、全然見えをはる必要がなく、気軽な旅をしたがる。逆に言うと、僕の好みは、昔から地に足がついた女性なのだ。お金に代えられない魅力を持った人物のことを、ユアサの辞書では〝地に足がついた人〟と呼ぶ。
国際弁護士ユアサは夏の旅行で、金にまみれたウォール街を離れるとき、地に足のついた女性が運転する車の助手席にしか座らない男だ。それが、ユアサの辞書の中での〝国際弁護士ユアサ〟についての定義なのである。

話を本筋に戻そう。
ニューヨーカーのハートを、今年の夏、アンギラとベリーズというカリブ海の観光地がとらえているのは、なぜなのか? キーワードは、地に足のついた、気軽なお得感だ。
ここで、ちょっぴりだが、ニューヨーカーの〝気軽なお得感〟の正体に迫りたい。人気旅行先トレンドの背後にあるバカンス観分析だ。ヒントは、ニューヨークのトラベルエージェントの店頭にある、とユアサは推理する。

 

 

そもそも、最近の日本のセールストークには、アメリカ文化の影響を受けたドライなセリフがたくさんある。「夏休み旅行のご予算はどれくらいか、うかがってもよろしいでしょうか?」が、その典型例と言えるだろう。
だが実際に、アメリカの店頭でご予算という言葉を、出会って10秒後のざっくりした会話の中で耳にすることは、最近まずない。
代わりに登場しているのは〝ご予算フレンドリー〟なるセールストークだ。
ユアサが最近アメリカ人女性の友人たちとともに、旅行エージェントのオフィスを訪ねたとき、広いオフィスのそこら中で耳にした言葉で、それは不思議な空気感のあるガールズトークだった。
旅行エージェントのオフィスなのに、ファッション用語のラグジュアリーという言葉が、予算フレンドリーという言葉とともに飛び交っていたのである。ニューヨークの旅行業界のこの夏トレンディなワードこそ〝ご予算フレンドリーなラグジュアリー〟なのだ。しかも、次のような決め文脈でそれは登場する。
「実は、そこまでラグジュアリー・・・・じゃないんですけど、とことんラグジュアリーな気軽旅・・・・を追求されてはいかがでしょう?」
この延長線上に来るのが、アンギラであり、ベリーズだと、ユアサは分析する。

 

 

また話は少しそれるが、日本では3連休が2回ある9月の海外旅行が、去年より増えそうだと予測されている。ここが、日米のちょっと違うところなのかもしれない。
ニューヨークを含めてアメリカ人の海外旅行のピークは7~8月が圧倒的で、しかも、日本よりいくぶん前倒し気味だ。特に、家族連れがそうだ。
日本だと、夏休みは同僚との休みの調整や、海外旅行の日程がうまく折り合わず、夏のとことん最後になってしまったり、秋にずれこむとの声も聞く。
しかし、アメリカは早い者勝ちのお国柄だ。海外旅行に出かける人々は、7月になるや自分のタイミングでさっさと出かけてしまい、8月半ばにはいつの間にか戻っていたりするのだ。

さらに日本では、中高年層が夏休みに海外旅行に行く機会がますます増えそうだ。団塊の世代の預金残高を、若い年齢層のそれと比較すれば当然の結果だろう。
アメリカでは逆に中高年者の国内志向がかなり増えてきている。やはり、リーマン・ショックからやや内向きになったせいもあるかもしれない。
そんな内向きなニューヨークの中高年層に人気のある旅行先が、シタークワ②だ。(耳慣れない地名の発音だが、ターにアクセントをつけて、シタークワと発音すれば、ニューヨーカーにも通じる!)
シタークワは、アッパーニューヨークと呼ばれる北部のシタークワ湖の名前であり、シタークワ郡の名前でもある。
シタークワの地では、例年、アメリカの中高年層のために、講演会やイベントやコンサートなどで彩られた、素敵な大人のためのサマーキャンプみたいな催しがめじろ押しなのだ。コンサートといっても、ロックからクラシックの交響楽団までオプションも多く、至れり尽くせりのエンタテインメントも工夫されており、中高年層が目立っている。

 

 

さて、いつの間にか、地名のABC順が、どこかに行ってしまっていた。
Aのアンギラから話そう。
アンギラはイギリス領で、カリブ海は西インド諸島のサンゴ礁からなる島である。
物知りなニューヨーカーだと、島に知り合いがいたりして、味わい方がずっと深まる。
昔は考えられなかったが、フェイスブックなどソーシャルメディアの時代になり、情報量の多いニューヨーカーの中には、友人たちからヒアリングして、島のレストランをあらかじめリサーチして、裸足のビーチバーから、最高級グルメレストランまで、順序よく制覇しようと試みるツワモノもいる。こんな無茶な試みも実は、まんざら間違ってはいない。息をのむほど美しい白い砂浜、海にのみ込まれる夕日をバーラウンジから眺めるとき、ニューヨーカーは、ウォール街以外で初めて情報の圧倒的な価値を思い知るのだ。
アンギラがニューヨーカーの内緒の観光名所だったのは、せいぜい’90年代初めくらいまで。再ブームが来ている今でさえ、いまだに近場のカリビアンの名所と比べると、まだまだ観光客の総数は限られている。だからこそ、幸運なら、ビーチバーならではのローカルなレゲエに身をまかせたり、島の日曜日にはあちこちでサンドマッシングという地元ダンスを心から楽しめるにちがいない。

 

 

ニューヨークでは、今年の若い世代へのボーナスは平年並みとされている。ウォール街では若くても一穫千金のボーナスが大盤振舞いされる年もあるが、少なくとも今年はボーナスの当たり年とは言えない。しかし、そこは、ニューヨーカーである。
できるかぎり自身に有利な夏休みの旅行を実現することを通じて、自己主張を貫き通す強さを持つ! それが、ユアサの辞書が定義する〝ニューヨーカーの夏季休暇〟だ。

では、ベリーズだ!
ベリーズは、カリブ海に面した英連邦の一国で、英国女王・エリザベス2世が元首である。ユアサの部下のひとりである20代のアメリカ人女性は、先月、ベリーズでスキューバダイビングをして、そのあまりの美しさに「ハートがとろけた」と語ってくれた。
せっかくユカタン半島のベリーズに行くのだからと、マヤ文明について熱心に勉強していくニューヨーカーも多い。ベリーズで見つけられている中では最大のマヤ都市が、最近公開されているからなおさらだ。
また、アウトドア派は素敵なシャンパンピクニックを楽しんだりしている。
カジュアルなレストランだと、テーブルのすぐ横にオープングリルがあって、目の前で調理してくれ、地元の人たちと語らいながらの食事もうれしい。
さらに、バスがグアテマラと頻繁に往来していて、マヤ遺跡の探求にグアテマラへと足を延ばす人々も多い。
ベリーズは、まさに予算フレンドリーだし、若者にその点でも人気があるが、あらゆる年齢層の人々が訪れる観光名所だといえる。

 

 

こうしてユアサ分析してみると、やはりアンギラやベリーズに向かうニューヨーカーのハートには、彼らなりの自己主張が強くある。
日本だと夏休み旅行は家族サービスの旅であり、旅の恥はかき捨てという他者の地域の旅路なのだが、ニューヨーカーにとっては、バケーションの旅とは自分の人生という旅路の中の一頁なのだと、ユアサの辞書には記したい。
そういえば、ユアサがウォール街の法律事務所にヘッドハントされる前に勤めていた別のニューヨークの法律事務所で夏休みをとった折のこと。仲間たちにどう夏期休暇を過ごすのかと聞かれたので、こう答えた。
「ちょっと日本に行ってきます!」
すると、僕を囲んでいたアメリカ人の同僚、友人たち全員の顔から、さっと血の気が引いたのだった。その時、はじめてわかったのだが、アメリカの友情というのは〝旅先で生まれた絆(きずな)〟なのだ。
だから、「日本に行く!」という僕の言葉は、禁句だったのだ。予定はどうあれ、そうと聞いた途端に、ああ、タカシは日本に帰って永久に戻ってこないのだ! と、仲間たちは心の奥底でショックを起こしてしまったのだった。
だから、夏休み旅行は人生の延長としての旅であるべきなのだ。行ってしまっては、〝共有する旅〟から、その人物は永久に去ることになってしまう。
その若き日以来、ユアサは「日本に行く」という英語を二度と口にしたことはない。
だから、ニューヨーカーの夏休み旅行には、予算フレンドリーなラグジュアリー、といった気軽さが一番似合うのだ。

 

 

ちなみに、気軽ついでに言わせていただく、ニューヨークだと、海外その他の旅行の値段は、レイバーデー(労働の祝日・今年は9月2日)を過ぎると安くなるのが普通だと、ユアサアドバイス。
その意味では、日本の9月の2回の三連休を活用しての海外旅行は、ある意味、日本的にはお得感があるラグジュアリーな旅なのかもしれないと、ユアサ分析。
レイバーデーの次の休日・コロンバスデーは、米国政府の休日だが、ニューヨーク証券取引所は休まずいつもどおり開かれるし、ウォール街も休まない。
ニューヨーカーは、内心では、日本人の海外旅行熱はともかく、9月に2回も三連休がある日本のカレンダーこそがうらやましいのかもしれない。    (了)

 

 

①アンギラとベリーズ

アンギラは、大航海時代、コロンブスがアンギラとスペイン語の名前をつけた。島の形がうなぎ(スペイン語でアンギラ)に似ているところからではあるまいか、と伝えられる。今、島の公用語は英語で、英語だとアングウィラと発音される。ベリーズは中米のユカタン半島の東部にあり、メキシコとグアテマラに接している。
世界第2位の広さをもつサンゴ礁は、ベリーズ珊瑚礁保護区として、ユネスコ世界遺産(自然遺産)に登録されている。

②シタークワ

耳慣れない地名の発音だが、ターにアクセントをつけて、シタークワと発音すれば、ニューヨーカーにも通じる!

 

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