神戸女学院の図書館は日本一美しいと、聞いたことがありました。訪問の際には、その図書館をひとめ見てみたいと思っていました。
私は図書館のヘビー・ユーザーで、都内でもいくつかを利用しています。本を借りるというよりは、どちらかと言うと仕事場として。
書架に並ぶ本が醸し出す雰囲気が好きで、背表紙に囲まれていると落ち着くのです。今も、ある会員制の図書館の庭が見える席を陣取ってこれを書いているのですが、ふと目を閉じると、あの日訪れた女学院の図書館の内装が浮かんできます。確かにそれは、私が知っている中でも最も美しいものでした。
▲図書館の建物の入口
学びの舎、ことに大学においては、図書館は言わば頭脳にあたる部分です。女学院でも大学の主要な4つの建物のひとつであり、中庭をはさんで総務館と南北に向き合って建っていました。学ぶために、自ら扉を開く若者たちをヴォーリズはどんな創意を込めて迎えたのでしょうか。
▲天井の彩色画
入口はクリームとアイボリーを貴重にした大理石の柱が連なり、明るく壮麗な印象でした。
閲覧室に入って、まず目に映ったのは、高い高い天井とそこに描かれた鮮やかな赤とブルーの彩色模様。日本の名門大学の図書館は、たいていの場合、性質上ちょっと威圧的な重厚感が勝っているのですが、この彩色画のもたらす効果で、そんないかめしさとは相反した開放感と華やかさが演出されていました。
壁一面にはその天井まで届く縦長のアーチ型の窓が切られていて、窓は北側に面し、終日、読書の妨げにならない安定した光が入ります。
▲縦長のアーチ窓からは穏やかな光が入る
もうひとつ、心惹かれたのは、さまざまな形の椅子があるということです。閲覧用の主なる椅子はきちんとした姿勢で机に向かうための椅子ですが、それだけではありません。
現在は使われていませんが、大きな暖炉があり、暖炉を囲んで談話ができるようなスペースがあります。また、中二階の回廊にも、いたるところにベンチや椅子が設置されていて、本を手にお気に入りの場所から場所へと移りながら一日中過ごせそうです。行儀悪くならない程度にうたた寝にもちょうど良さそうなソファもありました。
▲温かい居間のようなスペースも
学びの場でありながら居間のような温かさ。そんな寛容がここにはあるのです。
これは詩人であり、また哲学者でもあったヴォーリズ自身の、書物との幸福な関係を物語っているように思いました。学問とは、権威ではなく、あくまで人生を豊かにするためのもの。天井の華やかな彩色画からヴォーリズの学びへの謳歌が聞こえてくるような気がしました。
この日も熱心にレポートか論文に取り組んでいる数名の女学生たちの姿があり、ここで学び、やがて巣立っていく彼女たちを、この建物は優しく見守っていました。
▲柱に施された装飾
返り際、ちょうど入口まで戻ったところで、来た時には見過ごしていた柱の装飾に気づきました。
よくよく見ると、柱には図書館のモチーフが彫られています。知性の象徴である本に松明が掲げられ、そしてその本には、なんと翼が生えているのです。
知性は、未来を生きるための翼に変わる。そんなメッセージが伝わってきました。近代日本の女子教育にかけた婦人宣教師たちの願いを、ミッション建築家、メレル・ヴォーリズはみごとに建築の中に表現しているのです。
東洋英和を卒業した村岡花子も、青春時代に明けても暮れても図書室で本を読んで過ごし、その読書経験から厳しい時代を生き抜く翼を与えられています。神戸女学院で学んだ多くの卒業生たちも翼を与えられたことでしょう。ヴォーリズ建築の真髄はそこに精神が宿っていること。今回の神戸女学院訪問でその認識を新たにしました。
建物がある限り、込められた願いはずっと続いていきます。
建学者の精神を伝え続けている神戸女学院に敬意を感じつつ、岡田山を後にしました。
プロフィール
村岡 恵理(むらおか えり)1967年生まれ。作家。翻訳家村岡花子の孫。東洋英和女学院高等部、成城大学文芸学部卒業後、雑誌の記者として活動。2008年、『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』を上梓。本著が、2014年前期のNHK連続ドラマ「花子とアン」の原案となる。絵本『アンを抱きしめて』(絵 わたせせいぞう NHK出版)、編著に「村岡花子と『赤毛のアン』の世界」(河出書房新社)など多数。日経ビジネスアソシエにエッセイを連載中。